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告発者身バレ、TBS「news23」がBPO審議入り…ベテラン業界人は「TV局のエゴ」指摘
TBS(yama1221 / PIXTA)

告発者身バレ、TBS「news23」がBPO審議入り…ベテラン業界人は「TV局のエゴ」指摘

JA共済の過剰なノルマを「内部告発」のかたちで報じた報道番組「news23」(TBS系)の放送内容について、「放送倫理・番組向上機構」(BPO)は8月4日、取材源の秘匿という原則が損なわれ、放送倫理違反の疑いがあるとして審議入りを決めた。

問題になっているのは、今年1月12日の放送。証言した職員のモザイク処理が甘かったことから、身元が判明して退職に追い込まれたというのだ。

私はテレビ局の報道番組の制作に長年携わり、多くの匿名証言者を撮影してきたが、『週刊現代』の報道をきっかけに表面化した問題に初めて触れたとき、正直なところ「こうした問題が起こるのも不思議ではない」と思った。

テレビ報道の関係者たちは、一般的に匿名証言者の保護についてあまりにも認識が甘いからだ。(テレビプロデューサー・鎮目博道)

⚫️最優先は「証言者の身の安全」だが…「ギリギリ」を攻めたがるテレビマン

証言者の「声変え・モザイク処理」の問題は実に悩ましい。

テレビ業界には「リアルさ」や「生々しさ」を過剰に追い求める空気がある。たとえ証言者が匿名を望んでいても、「少しでも生の姿を放送したい」と思ってしまうのが、報道現場の「性」(さが)だと言っても言い過ぎではないだろう。

最優先とすべきは「証言者の身の安全」だが、つい「ギリギリ」を攻めてしまうのだ。こうした現場を知る身から、今回の「モザイク処理問題」が起きてしまった背景を解説する。

今回のケースについては、非常に問題があったと言わざるをえないだろう。

『週刊現代』や『現代ビジネス』が報じているところでは、証言者の顔だけがモザイク処理されていて、首から下はそのままだったというから、着衣やアクセサリーから容易に本人が特定されたのだろう。そして、取材にあたったTBS記者は証言者に「バレることはない」と断言していたという。

この報道を元に2つの問題点が指摘できる。

1つ目は「証言者のモザイク処理の程度と、身元保護の必要性の程度がまったく合っていない」ということ。そしてもう1つは「バレることはない」と断言しているということ。

⚫️【問題1】取材において「高い匿名性を必要とするケース」に該当しうる

1つ目の「身元保護の必要性」について説明しよう。テレビニュースの取材で、証言者が匿名を求めるのにも、「軽め」から「重め」まで、さまざまな程度がある。

身元がバレたところでさほど支障が生じない「匿名希望者」は結構多い。「軽め」というのは、「顔を出すのは恥ずかしいから、一応隠しておいて」という程度のものだ。

このような相手は「首から下の撮影」にとどめ、着衣などはそのままモザイクをかけなかったり、後ろ姿を撮影しモザイク処理しないことが多い。

次いであるのが、「世間一般に顔が晒されるのは、証言者にとって支障が大きい」という中程度に匿名性が必要なケースだ。

犯罪に関わって服役を終えた人物や、ネガティブな出来事の経験者に一般論として話を聞くような取材が想定される。顔が知られることで、今後の仕事や平穏な生活に支障が起こりかねない。

ただ、証言者の身元を特定しようとして必死になって調べる関係者はいないと思われるから、やはり「首から下、ノーモザイク」だったり、「後ろ姿、ノーモザイク」だったり、「ノーモザイクの口元・手元」などを使用することが多い。

最後が、「高い匿名性を必要とし、もし匿名にしないと生命や生活に重大な支障をきたす」ケースだ。

反政府活動をする外国人証言者だったり、犯罪組織の関係者などは「身バレ」すると即座に生命の危機に直結する。

そして、何らかの組織に所属する「内部告発者」などは、「身バレ」すなわち解雇の可能性が高く、今回の「JA共済」のケースもこれに該当するだろう。

このような取材において「身バレ」は絶対に避けないといけない。慎重の上にも慎重を重ねた映像処理が求められることになる。

まずは、絶対に顔を判別できないようにする。顔以外の身体・外見情報からも本人を特定されないようにすることがとても重要だ。

私の経験上、こうした場合にはアクセサリーや服にまずとても気をつかう。

証言者に対して「アクセサリーは外し、日頃着ていない洋服を着てくるようにしてください。着ているものから誰だかわかる可能性があります」と事前に伝えて、可能であれば本人のものではない服を着てきてもらうようにすることもよくある。スタッフと着衣を交換する場合もある。顔のモザイクは絶対必要だし、全身にもモザイクを入れるケースが多い。

それでも誰だかわかってしまいそうな場合には「影を撮影する」というケースもよくある。あるいはもっと配慮すれば「インタビュアーのみを撮影し、本人を撮影しない」というケースもあるのだ。

そう考えると、今回の「首から下にはモザイクをかけず、服は日常着ているもののまま」というのは明らかにおかしいということになる。

今回の「身バレ」の直接的原因は、担当者のテレビマンとしての経験値不足が引き起こした「撮影・編集における処理の誤り」であり、それを修正できなかった上司の失態であったといえるだろう。

⚫️【問題2】「『絶対に』バレることはない」は誤り…声を変えてもバレるリスクはある

記者が証言者に「バレることはない」と断言したという点も、大きな誤りだと思う。

その人の影しか映さなくても、誰だか特定されることはあるし、姿をまったく映さなかったとしても、身バレすることはある。実は「声」から身バレするケースもありえると考えられるのだ。

録音の技術者から聞いた話だが、テレビでよく使われる「声変え」の技術くらいでは、「元の音声に近い状態に戻す」のはさほど難しくないそうだ。

ピッチの高低を多少変更して、音質を少し変えたとしても、その逆の処理を根気よくおこなっていけば、「誰の声かわかる程度に音声処理するのは、素人の機材と能力でも十分に可能」だという。

つまり、どれだけ配慮しても「身バレのリスク」はゼロにはできない。「バレることはない」と伝えるのは無責任だ。

だからこそ必要となってくるのが「事前に証言者にどのような状態で放送するのかを丁寧に説明し、可能なら映像を見せて、了解を得ておく」ことになる。

取材者は「身バレを避けるため、ここまで尽くしますが、それでOKですか」と確認しておかなければならない。

⚫️証言者の外見や音声って本当に必要? テレビ側のエゴじゃないか

そもそも「証言者の外見と音声の放送」は必要なのか検討しなければならない。証言内容をナレーション処理すれば、身バレの危険性は低くできるはずだ。

「映像はインタビュアーだけを映しておいて、答える音声をナレーターが吹き替える」という処理も可能だ。放送の際に「証言者の身の安全を保証するため、証言の音声は別人で吹き替えしています」と断れば問題はなさそうだ。

極論すれば、「モザイク・声変え」での匿名インタビューは、「よりリアルに生々しく伝えたい」という放送局側のエゴにしか過ぎないと言えないだろうか。

一般の人にも高性能の機材が普及した現在では、多少の加工で証言者の身の安全を守るのは非常に難しくなりつつある。

報道被害が起きたあとでは、いくらテレビ局から謝られても証言者の生活は元には戻らない。

そろそろ「モザイクインタビュー」を安易に流すのを止めるべきだ。証言の真実性は、証言者の姿や声を晒すことによるのではなく、放送局が自らの信頼性を高めることでしか、担保できないと私は思うのだ。

BPOはTBSに対するヒアリングなどをおこない、審議を進めていく。報道の根幹を揺るがす事態だ。

●TBS「審議入りの事実を重く受け止める」

TBSは8月8日、弁護士ドットコムニュースの取材に「審議入りの事実を重く受け止め、引き続き真摯に対応してまいります」と答えた。退職したとされる証言者への対応については、コメント差し控えとした。

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