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なぜ日本はカスハラ大国になってしまったのか 犯罪心理学者が分析する「悪質クレーマー」像
写真はイメージです(RichR / PIXTA)

なぜ日本はカスハラ大国になってしまったのか 犯罪心理学者が分析する「悪質クレーマー」像

客からの暴言や暴行、不当要求などで働く人の就業環境を害するカスタマーハラスメント(カスハラ)。犯罪心理学の観点からカスハラ研究に取り組む桐生正幸・東洋大学教授(犯罪心理学)が6月、「カスハラの犯罪心理学」(集英社インターナショナル新書)を刊行した。

大学教員になる前は、山形県警の科学捜査研究所(科捜研)で犯罪者の特徴を推論する「プロファイリング」を行っていた桐生教授は、プロファイリングを生かしたカスハラ対応策を提案する。また、現状では取り締まる法律がないカスハラを、ストーカー規制法の拡張で対処することも提言する。桐生教授が考えるカスハラ対策について聞いた。(ライター・国分瑠衣子)

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●多くの犯罪者、悪質クレーマーは「普通の人」

コロナ禍で、従業員に店内でのマスク着用を求められた客が『俺をコロナ扱いするのか』などと激高して、猛暑日に店外で30分以上も怒鳴られ続けた。男性客が女性店員に高い場所の商品を取るように頼み、女性店員が台に上がるとお尻を触ったーー。これらは、桐生教授が聞いたカスハラの事例だ。

犯罪心理学とカスハラはどうつながるのか。桐生教授は「実は多くの犯罪者は合理的に行動する『普通の人』です」と説明する。

犯罪心理学には2つの基本的な理論がある。1つは「合理的選択理論」で、犯罪者は自分の利益を最大化するように行動するというもの。もう1つは「ルーティン・アクティビティ理論」。犯罪は加害者だけでは起きず、被害者の存在や監視する人の不在といった「環境」が整うことで発生する。つまり多くの犯罪者は合理的に行動する「普通の人」で、行動は時間や場所などの制約を受けているという考えだ。

「この2つの理論は、悪質クレーマーにも共通します。クレームで得られる自己承認などの『心理的な利益』と、通報などの『リスク』を天秤にかけて、店員や店の状況を判断しながら合理的な選択をしてカスハラをしています」(桐生教授)

実際、桐生教授が、2020年にインターネット上で男女2060人に行ったカスハラ調査では、全体の45%にあたる924人が「悪質なクレームを起こしたことがある」と答えた。この結果からも「普通の人」がカスハラ行為に及んでいることが分かる。

●プロファイリングの考え方をカスハラ対策に応用

犯罪心理学の観点からカスハラを分析し、桐生教授が考案したものが「カスハラ・プロファイリング・メソッド」だ。プロファイリングは膨大なデータを統計的、心理的に分析する手法で、犯罪心理学でよく使われる。

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メソッドでは、実際にカスハラにあった時の具体的な対応策を示した。まず深呼吸して心を落ち着かせて、客の年齢や言動を観察する。その上で筋の通ったクレームなのか、粗暴なカスハラかなど4つのパターンに分け状況を整理し、パターンに合った対応をとる。最後は対応した人の心のケアを行うことも忘れない。

中小企業では、具体的なカスハラ対策をつくっていない企業も多く、メソッドで具体的な対応を示すことで従業員も安心できる。桐生教授らは近く、メソッドが書かれているカードを用いてスーパーなどでの実証実験を行う計画だ。

悪質クレームは、従業員に精神的な被害を及ぼす。一方でクレームは商品開発やサービス改善につながるマーケティングの側面もある。桐生教授は「『クレームは宝』と言われますが、企業が商品だけに還元してしまっているケースがほとんどです。本来はクレームを受けた従業員のストレス程度の分析もする必要があります。マーケティングに生かすクレームと悪質クレームの両方を分析しなければなりません」と指摘する。

●価格競争の他に差別化できる「おもてなし」を取り入れたことの弊害

実は数年前まで「カスハラ」という言葉は今ほど知られていなかった。しかし流通や外食、繊維などの労働組合「UAゼンセン」が大規模調査を行ったり、厚生労働省が企業向けに「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を策定するなど、認知は広がりつつある。

企業や業界団体が対策に乗り出しているほか、2023年5月には福岡県警が警察として全国初のカスハラ対策を導入すると発表して話題になった。桐生教授は「裏を返せば、これまでカスハラは黙認されていたということです」と話す。外国と比べても日本は「カスハラ大国」だ。

なぜ日本はカスハラ大国なのか。桐生教授は「日本は、戦後の高度経済成長で大きな発展を遂げた一方、個人は自立ができず、他人の顔色をうかがいながら生きる社会でした。自立した個人としての寛容さがないことが、カスハラ大国の一因ではないでしょうか。最近になり、ようやくこれでいいのかと皆が疑問に感じ始めたのだと思います」と話す。

また、以前は企業側が、客をクレーマーと呼ぶことを避けたいという風潮があった。価格競争の他に差別化できる「おもてなし」を取り入れた結果、客の期待とサービスにズレが生じてカスハラにつながったという見方もある。

同調圧力や画一的な生き方を強いられる風潮から人々が解放され、カスハラに対する考え方が変わってきている。

●ストーカーとカスハラは加害者の心理が共通する

カスハラ対策は企業だけでは限界があり、桐生教授は法律が必要だと考える。現状でも悪質なカスハラは強要罪、暴行罪、威力業務妨害罪といった法律で取り締まることは可能だ。過去にはタオルケットに穴が開いていたからと、衣料品店で店員に土下座を強要した客が強要罪で逮捕されたケースもある。

ただ、カスハラそのものを取り締まる法律はない。立法化には時間がかかるため、桐生教授が提言するのが、ストーカー規制法を拡大改正してカスハラを規制することだ。

「ストーカーとカスハラ行為は、加害者の心理や行動が似ています。ストーカーでは加害者が年配の場合、孤独感などから話し相手を欲する傾向が強く、つきまといなどの問題行動を繰り返す要因になります。また、自分の間違いを認めづらく、感情のコントロールが難しい傾向があります。これはカスハラをする人に共通しています」(桐生教授)

日本のストーカー規制法は、つきまとい行為を「恋愛感情、好意の感情またはその感情が満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足させる目的」と規定している。恋愛や好意の感情、怨恨の感情に限っているため、カスハラを入れる場合、この制限をなくす必要がある。

ストーカーは同一人物に、つきまとい行為をするが、カスハラは特定の業種や店舗に限らず、別の場所でもカスハラ行為に及ぶことがある。単にストーカー規制法を拡大しただけでは、全て取り締まることは難しい。桐生教授は同じ店で繰り返しクレーム行為に及んだ事案から法規制することを提言している。

「『お客様は神様』という言葉が曲解されていますが、客は神様ではなく、客も店も『おたがい様』です。互いに尊重することができればカスハラは減り、日本の消費者社会も成熟したものになると思います」

【注】書籍で紹介しているメソッドの活用については、日本カスタマーハラスメント対応協会にお尋ねください。

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