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ジャニーズと裁判で戦った文春側・喜田村弁護士「とにかく勝つという一心だった」
喜田村洋一弁護士(2023年4月25日、弁護士ドットコムニュース)

ジャニーズと裁判で戦った文春側・喜田村弁護士「とにかく勝つという一心だった」

「負けたら文春の記事が間違いとなってしまいますので、とにかく勝たなくてはいけないという一心でした」。1999年、ジャニーズ事務所らが『週刊文春』の記事が名誉毀損にあたるとして訴えた裁判で、文藝春秋の代理人だった喜田村洋一弁護士は当時の心境について、そう振り返る。

2019年に亡くなったジャニーズ事務所の創業者、故ジャニー喜多川氏(享年87)が、事務所の少年たちに性加害を繰り返していたという問題。今年(2023年)3月の英放送局BBCによるドキュメンタリー番組の放送や『週刊文春』の再追及、そして同誌の取材にも応じた元ジャニーズJr.のカウアン・オカモト氏の記者会見により、再び日本でも注目を集めている。

『週刊文春』がこの問題を連載キャンペーンで取り上げるのは2度目だ。1度目は1999年。10月から14週にわたってジャニーズ事務所やジャニー氏に関する記事を掲載し、この中で、ジャニー氏による性加害の証言も掲載した。ジャニーズ事務所とジャニー氏は1999年11月、「ジャニーズの少年たちが『悪魔の館』(合宿所)で強いられる“行為”」など計8本の記事について、文藝春秋を名誉毀損で提訴した。

裁判では、一審判決では認められなかった性加害の事実が、二審では認定された(ジャニーズ事務所側らの上告は棄却)。この民事裁判で被告・文藝春秋の代理人をつとめた喜田村洋一弁護士に聞いた。(ライター・高橋ユキ)

●高裁で判断が変わった理由は?

——東京地裁は判決(2002年3月)で、ジャニー氏による性加害について「真実相当性は認められない」と判断。ところが二審・東京高裁は2003年7月「その重要な部分について真実」「真実でない部分であっても相当性がある」と、性加害を認定。ジャニーズ側はこれを不服として上告しますが、2004年に棄却されました。高裁はなぜ判断を変えたのでしょうか。

「二審では改めて証人調べをしたわけではありません。一審の記録を全て読み判断しています。一審では『真実相当性は認められない』とされましたが、二審では『セクハラに関する記事の重要な部分について真実であることの証明があった』と、記事や裁判での少年たちの証言が真実だと認められました。私としては一審でも勝って当然だと思っていました。少なくとも証拠や証人尋問の記録を読めばどちらが正しいことを言っているのかは分かりますから」

〈一審・東京地裁では、少年らが被害日時について「具体的かつ明確に述べていない」、取材班も「取材源の秘匿を理由として、これを明らかにすることはできないとしている」などとして、「少年らの供述は、原告らの十分な防御を尽くすことができない性質のものであって、原告喜多川のセクハラ行為を真実であると証明するのは、なお足りるものではない」とした。

いっぽう二審・東京高裁は判決文の中で「少年らが逆らえばステージの立ち位置が悪くなったりデビューできなくなるという抗拒不能な状況があるのに乗じ、セクハラ行為をしているとの記述については、いわゆる真実性の抗弁が認められ、かつ、公共の利害に関する事実に係わるものであるほか、公益を図る目的でその掲載頒布がされたもの」であるとした〉

ジャニーズ事務所(東京・港区、yu_photo / PIXTA) ジャニーズ事務所(東京・港区、yu_photo / PIXTA)

——少年たちの被害について、裁判ではどのような形で立証されたのでしょうか。

「少年2人の証言と、10人以上の少年に対する取材時の録音の文字起こしです。

『週刊文春』では12人の少年に取材し、うち10人以上が被害を語っていたため、その証言の音声を文字に起こして提出しました。取材のときに少年の氏名などが話されているときは、その部分は抹消しました。

ただし、録音を相手方が聞けば、その声で誰が取材に応じたのかが分かってしまうおそれがあったため、録音の音声データは提出できません。彼らに対しては、裁判で証言をしてください、とお願いしましたが、法廷で話をしてくれたのは2人しかいませんでした。

少年たちが証人として法廷に出て『この人に被害を受けたんです』と証言すれば、裁判所も一番信用してくれるわけです。次に信頼度が高いと判断されるのは音声ですが、この裁判に限らず、取材源の秘匿のため、音源を提出できないことは珍しくありません。

もし音声が証拠として提出されていなければ、これを反訳した証拠の信用性が低いと一審が考えていたのだとしたら、それは間違っています」

●法廷でのジャニー氏「彼らは寂しかったんじゃないでしょうか」

——少年2名や、ジャニー氏が実際に証言したのは一審でしたが、これはどのような形で行われましたか?

「証言台に立つ2人とジャニーさんとの間に衝立が立てられ、ジャニーさんからも彼らからも、お互いの姿は見えません。しかし、ジャニーさんには誰が証言しているのか、声で分かる状態です。それでも2人は証言してくれました。

画像タイトル 法廷のイメージ

また事件は東京地裁に係属していましたが、少年たちの居住地の関係などから、この尋問についてだけ別の裁判所で非公開の形で行われています。2日間にわたり開かれ、原告として少年たちの証言を聞いていたジャニーさんに対する本人尋問もありました」

——このときの双方の証言は。

「2人はジャニーさんがまずマッサージを行い、そのあとに性加害におよんだことを証言しました。記事に出ている他の少年らの証言とおおむね内容が一致しています。

尋問の最後に1人の少年に『ジャニーさんに何か言いたいことはありますか』と尋ねたとき『長生きしてください』と答えていたのが印象的でした。ジャニーさん個人に対して嫌なことをされたという思いはあるのですが、怒り、あるいは憎しみだけで証言をしているわけではなく、あったことはきちんと話す一方で、ジャニーさんに対しては感謝の気持ちもあり、非常に誠実さを感じました。

対するジャニーさんの尋問で彼は、少年たちへの行為について『そういうのは一切ございません』と総括的に否定していました。となれば、法廷にまで出てきてくれた2人も含め少年が嘘をついているということになります。

そのため『週刊文春で報じた内容は、少年たちが嘘をつかなきゃありえないことでしょう。彼らが嘘をつく理由はありますか?』と聞くと『わからない』というわけです。さらに『本当に嘘なんですね?』と尋ねたら『彼らが嘘の証言をしたということを、僕は明確には言い難いです』と述べ、明確には答えられませんでした。仕事の時は違うのでしょうが、裁判ではもごもごしていた。『彼らは寂しかったんじゃないでしょうか』と言っていたのも印象に残っています。

2人の少年は、当時すでにジャニーズ事務所からも芸能界からも離れている。証言のために裁判に出てくることのメリットはひとつもない。10人以上いた被害者のなかで、裁判で話をしてくれた2人が嘘をつく理由はなかった。ジャニーさんに対しては、彼がやったことはひどいけれども、恩義を感じているというような複雑な気持ちを、高裁はきちんと認識してくれたのだと思います」

●「勝たなくてはいけないという一心」

画像タイトル 喜田村洋一弁護士

——高裁が認めた性加害について、一審で真実性を認めなかった事情について、地裁は、少年たちが証言時に、被害の日時や場所などを正確に述べられていなかったことなどを挙げていました。

「証言に難癖をつける時はそうやってやるものです。部屋の中でどんなベッドで、といったところは覚えていても、未成年の少年たちが、被害に遭ったのはANAホテルなのかその隣のビルなのか、どちらか正確に証言するのは困難です。車で現場(合宿所)に連れて行かれたことも関係しているでしょう。

また日時についても、被害にあったのがたった1回だったとか、3日前の出来事だった、といった状態であれば覚えているかもしれませんが、少年たちは長い期間の中で何度も被害に遭っている。ましてや、本当は忘れたい記憶ですから、思い出さないようにしていたのでしょう」

——この裁判に対して、喜田村弁護士はどのような思いがありましたか?

画像タイトル 文藝春秋(東京・千代田区)

「負けたら文春の記事が間違いとなってしまいますので、とにかく勝たなくてはいけないという一心でした。文春がものすごく力を入れて取材していた事件だったから。万一負けたら、お金の問題ではなく、文春の名誉が地に堕ちてしまいます。

僕らは少年の証言によって性加害の事実があったことに間違いないと思っていました。しかし裁判所がもし真実ではないと判断したら、少年たちの話が事実ではないと確定してしまう。それは大変なことですから」

●判決が確定した後も性加害が続いていたことに驚き

——最高裁で高裁判決が確定して約20年後の今年(2023年)、BBCのドキュメンタリーを見てどう思いましたか

「判決後もまだ被害が続いていたことがわかり、非常に驚きました。本人も会社も、なにも反省していない。当時の尋問で私は『同じような告発が何回もありますね。あなたの自宅に子どもたちを泊めるから、こういうことになる。合宿所は別のところに作ったほうがいいんじゃないですか』と言ったんです。ジャニーさんからは、これに明確な返事はありませんでした。

それ(合宿所を自宅とは別に作ること)は子どもを預かって仕事をしている事務所として当たり前のこと。ですが状況は変わらず、同じことをやっていた。全然変わっていなかったわけです。そのことに驚きました」

——判決が確定した後も、この問題について触れるメディアはほとんどなかった。つまりメディアが黙殺していたわけですが、この点についてどう考えますか

「NHKのディレクターがカウアンさんのFCCJ(日本外国特派員協会)での記者会見で問いかけたとおりです。報道として問題に向き合っていない。性加害の実態について知らないという建前がそれまでは通っていたとしても、判決が出たことで、性加害が認定された。報道価値のある事柄なのですから、報道すべきですし、少なくとも取材すべきでした。テレビはまだしも、新聞社はどうして取材しなかったのでしょう」

〈NHKのディレクターは会見で「カウアンさんは1996年生まれですかね。私も同世代になるんですが、当時入所された15歳ころのことを思い返すと、たしかに『文春』で追っていらっしゃったけど、子どもたちの世代にはまったく届くような状況ではなかったと思います」と質問〉

カウアン・オカモト氏 カウアン・オカモト氏

——今回ようやくジャニーズ事務所がこの問題について対応することを公にしました。社員や所属タレントらに聞き取り調査を行ったほか、元所属タレントらの相談を受け付ける窓口を設置する方針などを決めたといいます。これにより何か意義のある結果はみられるのでしょうか

「どうですかね。本気でやるのであれば社外の人間や弁護士などを集める必要があります。社内で調査を行おうとすることが本気だといえるかどうかには疑問を持っています」

これまでの報道をめぐる動き これまでの報道をめぐる動き

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