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なぜ東京高裁は「ジャニーズ性加害」を「事実」と認定できたのか 1999年文春報道の裁判
ジャニーズ事務所(東京・港区、yu_photo / PIXTA)と文藝春秋(東京・千代田区)

なぜ東京高裁は「ジャニーズ性加害」を「事実」と認定できたのか 1999年文春報道の裁判

今年(2023年)3月に放映された英放送局BBCの報道をきっかけに、ジャニーズ事務所の創業者、故ジャニー喜多川氏(享年87)による「性加害」問題に注目が集まっている。古くは1960年代から雑誌で報じられていた疑惑だ。

1999年にキャンペーン報道した『週刊文春』の記事をめぐっては、ジャニーズ事務所らが発行元の文藝春秋を名誉毀損で提訴。文春の代理人をつとめた喜田村洋一弁護士は、ライター・高橋ユキ氏の取材に「負けたら文春の記事が間違いとなってしまいますので、とにかく勝たなくてはいけないという一心でした」と当時を振り返る(〈ジャニーズと裁判で戦った文春側・喜田村弁護士「とにかく勝つという一心だった」〉弁護士ドットコムニュース)。

この裁判で争われた1つの重要な点が、少年らが逆らえばステージの立ち位置が悪くなったりデビューできなくなるという抗拒不能な状態にあるのに乗じ、ジャニー氏がセクハラ行為をしたのか否か、だった。

今から約20年前にあった裁判について、判決文をもとに振り返る。

●争点は9点、判決は

ジャニーズ事務所とジャニー喜多川氏は1999年11月、〈「ジャニーズの少年たちが『悪魔の館』(合宿所)で強いられる“行為”」〉など計8本の記事について、文藝春秋を名誉毀損で提訴した。

裁判では「セクハラ被害」(性加害)以外にも、合宿所等での日常的な飲酒喫煙、所属タレントの万引き事件、メンバーに対する冷遇措置など9点の争点について、これらの記述が(1)記事が原告らの名誉を毀損するか否か (2)名誉毀損だったとして真実性および真実相当性の有無、が争われた。

・東京地裁(2002年3月27日判決)

文春側が5つの争点で敗訴。計880万円(ジャニーズ事務所とジャニー喜多川氏に対して、それぞれ440万円)の支払いをするよう文春に命じる。

・東京高裁(2003年7月15日判決)

文春側が4つの争点で敗訴。セクハラ被害については「記事の主要部分は真実性の要件を満たしている」と認定。計120万円(ジャニーズ事務所とジャニー喜多川氏に対して、それぞれ60万円)の支払いに減額される。

文春は上告せずジャニーズのみが上告したが棄却。高裁判決が確定している。

この記事では、9点の争点の内、「セクハラ」に関する記述をめぐり裁判所はどう認定したのか追っていく。

●一審判決はなぜ認めなかったのか?

画像タイトル ジャニーズ事務所(東京・港区、yu_photo / PIXTA)

一審の東京地裁は2002年3月27日、名誉毀損があったとして、880万円の賠償を文藝春秋に命じた。

判決では(1)の名誉を毀損するか否かについて、所属タレントに対する「セクハラ」の報道が「原告喜多川、ひいては同原告が代表者を務める原告事務所の社会的評価を低下させるものというべきである」などと判断を示した。

(2)の真実性および真実相当性については、少年らが被害日時について「具体的かつ明確に述べていない」、取材班も「取材源の秘匿を理由として、これを明らかにすることはできないとしている」などとして、「少年らの供述は、原告らの十分な防御を尽くすことができない性質のものであって、原告喜多川のセクハラ行為を真実であると証明するのは、なお足りるものではない」。つまり、少年らの供述を真実と認めなかった。

その理由として、取材の不十分さがあるとの判断を示している。

「被害者とされる少年らの側のみではなく、加害者とされる原告喜多川ないしは原告事務所の側に対しても、可能な限りの取材を尽くす必要があった」 としたうえで、 「原告らが被告らに対し取材拒否の姿勢を示したとみることはできず」 「報道機関である被告らとしては、なおさら慎重を期して、適切な期間をもって取材申入れを続けるべきであったといえる」 と述べ、 「可能な限りの取材を尽くしたと認めることはできない」として真実相当性は認められないとした。

もう1つが、少年の供述の不確かさだった。

「少年ら等から捜査機関に対する告訴等がされた形跡もなく、捜査機関による捜査が開始された状況もうかがわれない」 「(少年らが逆らえばステージの立ち位置が悪くなったりデビューできなくなるという抗拒不能な状況にあるのに乗じ、セクハラ行為をしていることに関し)その重要な部分が真実であるとの証明はされていないといわざるを得ない」

この判決を不服として、双方が控訴する。

●東京高裁は「セクハラ行為」があったと認定

画像タイトル 文藝春秋(東京・千代田区)

一方の東京高裁(2003年7月15日)は、少年らの供述は具体的で全体として信用でき、「セクハラに関する記事の重要な部分について真実であることの証明があった」として、賠償額は880万円から120万円に減額した。

東京高裁は判決文の中で「少年らが逆らえばステージの立ち位置が悪くなったりデビューできなくなるという抗拒不能な状況があるのに乗じ、セクハラ行為をしているとの記述については、いわゆる真実性の抗弁が認められ、かつ、公共の利害に関する事実に係わるものであるほか、公益を図る目的でその掲載頒布がされたもの」であるとした。

地裁判決とは真逆の判断である。何がポイントになったのか。

少年らから刑事告訴がなかったことについては「社会的ないし精神的に未成熟であるといった事情」や、ジャニー喜多川氏と少年らとの社会的地位や被害内容の性質を踏まえ、次のように指摘した。

「少年らが自ら捜査機関に申告することも、保護者に事実をうち明けることもしなかったとしても不自然であるとはいえず、(中略)セクハラ行為を断れば、ステージの立ち位置が悪くなったり、デビューできなくなると考えたということも十分首肯できる」

また、法廷でのジャニー氏の証言内容にも言及する。

「一審原告喜多川は、少年らの供述するセクハラ行為について『そういうのは一切ございません』と述べるだけであって、ある行為をしていないという事実を直接立証することは不可能であるとしても、少年らが供述する一審原告喜多川からセクハラ行為を受けた時の状況やその他セクハラ行為に関する事実関係について、一審原告らは具体的な反論、反証を行っていない」

なお、東京高裁の判決では、『光GENJIへ』(北公次著)、『ひとりぼっちの旅立ち』(豊川誕著)についても触れた。

これらの作品の中にある「セクハラ行為」の記述について、「一審原告喜多川がこれらの著作について抗議したことがなかった」「(抗議をしなかった理由について、抗議するとまた書かれて、エスカレートするだけだからと供述するが、実際に抗議したことはなかったのであるから、実際にそのような経験をしたわけではない)」などとして、ジャニー氏側が積極的な反論、反証を行っていないことも指摘したのだ。

ジャニーズ事務所側は上告するが、最高裁は2004年、棄却。高裁判決が確定した。

●判決後、社会はどう受け止めたのか?

ジャニー氏の性加害をめぐっては1960年代から雑誌で報じられており、1980年代には元所属タレントの北公次氏らが自身の被害を著書の中で明らかにしたことで、雑誌のインタビュー記事などで広がっていった。その後に続いた『週刊文春』の報道、そして裁判所の認定により、社会は動いたと言えるのだろうか。

過去の新聞記事を「G-Searchデータベースサービス」で検索すると、一審判決は産経新聞、毎日新聞、朝日新聞が報じているが、性加害を認定した高裁判決、上告棄却について書いたのは朝日新聞のみだった。

なお朝日新聞はジャニー氏が亡くなった際にも、「シャイで物腰が柔らかく、言葉づかいはいつも丁寧」との人柄や功績を讃えるとともに、「文春側を名誉毀損で訴えた裁判では、損害賠償として計120万円の支払いを命じる判決が確定したが、セクハラについての記事の重要部分は事実と認定された」(2019年7月10日)と言及している。

カウアン・オカモト氏 カウアン・オカモト氏

カウアン・オカモト氏は会見で事実を知っていたら「多分(ジャニーズ事務所に入ることは)なかった」とも3月の記者会見で明かした。ファンをはじめ、一部では知られていた話も、テレビなどでも積極的に報じられなかったことで、新たな被害者が生まれた側面は否定できないだろう。

『週刊文春』の加藤晃彦編集長は、ライター・高橋ユキ氏のインタビューに対し、「1999年に『週刊文春』が報じ、2003年に裁判で性加害が認定されたあとも、ジャニー喜多川氏による性加害が続いていた」ことに対し驚いたと答えている(〈ジャニーズ性加害問題、週刊文春編集長が指摘する「メディアと事務所の利益共同体」〉弁護士ドットコムニュース)。

社会はなぜ、この問題を見過ごしてきたのか。ジャニー喜多川氏が亡くなった以上、ご本人からの弁明を聞くことはできないが、実際に何が起きていたのかの検証は必要だろう。そして社会もまた、元少年らの言葉に耳を傾けていれば、その後も続いたとされる少年たちの被害は防ぐことができたのではないだろうか。

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