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史上最高「13兆円」賠償命じたエリート裁判官、人事への影響は? 東電株主代表訴訟
西川伸一教授

史上最高「13兆円」賠償命じたエリート裁判官、人事への影響は? 東電株主代表訴訟

東京電力の旧経営陣4人に対し、日本の裁判史上最高額とみられる約13兆3000億円の賠償を命じた7月13日の東京地裁判決。その金額はもちろん、「画期的な判決」を言い渡した朝倉佳秀裁判長が、最高裁事務総局の要職を歴任した筋金入りの「エリート裁判官」であったことも驚きを呼んだ。

一般に「体制寄り」の判決を出しやすいと見られがちのエリート裁判官だが、人事に影響はないのだろうか。幹部級裁判官の人事動向に詳しい、明治大学教授の西川伸一さんに聞いた。(ライター・山口栄二)

●「高裁長官」が確実視されるエリート

――東電の株主代表訴訟で、旧経営陣4人に13兆円を支払うよう命じた東京地裁判決をどのように受け止めましたか。

「びっくりしました。画期的かつすごい内容の判決で、このような判決が東京地裁で言い渡されたことにやや興奮さえ覚えました。今後の同様の訴訟において参照すべき判決になることは間違いありません

特に、国の地震調査研究推進本部が2002年に公表した地震予測『長期評価』の信頼性については、旧経営陣の刑事責任が問われた裁判の一審の東京地裁でも否定されていただけに、東京地裁だからどうなるだろうかと思っていたところ、信頼性を認めたので、こういうこともあるんだと思いました」

――とりわけ、その画期的な判決を言い渡した朝倉佳秀裁判長が、最高裁事務総局で要職を歴任した「エリート裁判官」だったことも、驚きをもって受け止められました。朝倉裁判長はどの程度のエリート裁判官でしょうか。

「彼は、事務総局の人事局給与課長を経験しています。この給与課長は事務総局に数ある管理職ポストの中でもかなりのエリートポストと考えられます。

彼のように給与課長を経て東京地裁部総括に就いた過去の裁判官のキャリアパスからすると、『無難』に勤務していれば、ゆくゆくは高裁長官にはほぼまちがいなくなれるポストです。さらに高裁長官から最高裁判事に進んだ裁判官が3人います」

●なぜ、現場より事務総局がエリートコース?

――ところで、最高裁の事務総局とはそもそも何のためにあるのでしょうか。裁判所法には、「最高裁判所の庶務を掌らせるため、最高裁判所に事務総局を置く」としか書かれていませんが。また、そこがエリートコースになったのは、なぜでしょうか。

「新憲法ができた後も、裁判所の人事、予算などの司法行政を司法省が牛耳っていた戦前の流れを汲む裁判官が事務総局の幹部として生き残りました。

その結果、現場で裁判をやっている裁判官より、司法行政の実権を握る事務総局の方が偉いんだという意識というか、文化が引き継がれてしまいました」

――しかし、裁判所法上は、司法行政の権限は、最高裁裁判官全員で構成する裁判所会議にあるのではないですか。

「ところが、司法行政の実務のことがわかる人は、最高裁裁判官15人のうち職業裁判官出身の6人だけ。もっと言えば、今のメンバーだと事務総長を経験した長官とやはり事務総長経験者の判事の2人が議論を主導していると思います。

裁判官会議は形骸化して、事務総局側の説明を聞いて、それを追認するスタンプ機関に成り下がってしまいました。その結果、事務総局が司法行政の実権を握ることになりました」

――そうした事務総局の勤務を経た裁判官は、現場に戻った時どのような判断をしがちでしょうか。

「実証的な裏付けがとれているわけではありませんが、一般的には、体制寄りというか、行政寄りの判断をしがちとみられているようです。支配する側の立場に立って考える体質というか、上から目線的な考え方が身についてしまい、現場に戻っても急に変われないということもあるかもしれません」

――事務総局の要職を歴任した朝倉裁判長が今回のような画期的な判断をしたのは、なぜでしょうか。

「彼の経歴から理由を導き出すのは難しいと思います。むしろ、彼のキャラクターが強く影響しているのではないでしょうか。判決言い渡しの時に、主文を二度繰り返したり、『7カ月かけて書いた判決です』とか『最後までしっかり聞いてください』などと言ったりしたということから推測すると、判決文に込めた自身の考え方を表現したいという熱意を強く持っている人物のようにみえます」

●人事への影響はあるか?

――ところで、どういう裁判官を「エリート裁判官」と呼ぶべきかについては、どう考えていますか。

「まず、一番のエリートは、判事補時代に事務総局の総務局あるいは人事局という官房系の局で『局付』をし、かつ、官房系の課で課長をした人です。この両方を経験している人はエリート中のエリートです。

第2のエリート裁判官のカテゴリーは、官房系か事務系かを問わず判事補時代に局付を、判事になってから課長を経験した人です。

また、第3のカテゴリーとしては、官房系、事務系問わず事務総局で局付または課長をした人たちが挙げられます。

朝倉裁判長は、官房系である給与課長と事務系の課長を2ポスト経験しているものの、判事補時代に局付に就いていませんので、第1のカテゴリーと第2のカテゴリーの中間ということになります。

しかしそれでも、普通にしていれば、この後、事務総局の民事局長兼行政局長→東京高裁管内の地裁所長→どこかの高裁長官→東京か大阪の高裁長官→最高裁判事、というコースが十分期待できる人です」

――朝倉裁判長は、今回の判決をした結果、今後の人事に影響が出ることはあるのでしょうか。

「かつて、藤山雅行さんというエリート裁判官がいました。判事補時代に事務総局民事局で局付をして、その後、事務総局行政局で課長を2ポスト歴任しました。

ところが、東京地裁民事3部の裁判長の時に、小田急線の高架化事業をめぐる『小田急高架化訴訟』で、建設大臣の都市計画事業認可を取り消す国側敗訴の判決をしたため、『国破れて山河あり』の故事・成語をもじって『国敗れて3部あり』と言われるほどの有名な判事になりました。

その後、藤山さんは、徐々に中央のポストから外されていき、地家裁支部長、家裁所長などを経て、最後は、東京、大阪以外の高裁部総括判事で退官になりました。

露骨な降格人事ではなく、徐々に外れていくというところがミソです。露骨な人事をすると批判されますから。そうした過去の例などもみると、朝倉さんも今後は、本来なら歩んでいたであろう輝かしい道のりではないかもしれませんね」

――裁判所組織の中で、東京地裁や東京高裁というのは、なぜ特別な位置を占めているのでしょうか。

「東京地裁や東京高裁は、国や大企業が当事者になっている大事件を担当する可能性が高いため、注目度も大きく、いい判決をすれば『〇〇判決』という形で司法の歴史に名前が残ります。今回の判決も『朝倉判決』として名前が残るかもしれません。

ですので、京都地裁の裁判長にまでなった元裁判官が、『いつかは大阪地裁の裁判長になりたかった』と残念がった振り返りを聞いたことがあります」

――よく「突出した判決をするのは、定年間際の高裁裁判長にありがち」という指摘もあります。

「それは都市伝説のようなものではないでしょうか。どの裁判官でも高裁部総括にまで達するころには定年間際になっています。

それに、二人の陪席の将来を考えれば、『自分がもうすぐ定年だから思い切ったことをやろう』ということにはならないでしょう。また、裁判長が暴走しそうになっても、二人の陪席判事がそろって反対すれば『2対1』になりますから、そのような判決は出せません」

【プロフィール】西川伸一(にしかわ しんいち):1961年生まれ。専門は政治学。著書に「増補改訂版 裁判官幹部人事の研究」「日本司法の逆説—最高裁事務総局の『裁判しない裁判官』たち」など。

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