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「開かないダイヤルキーください」障害福祉施設がフリマアプリで募集 ”カギ名人”たちの5年間【2020年傑作選】
作業所に届いたダイヤルキー(2020年6月、東京・足立区「のんの作業所」、弁護士ドットコム撮影)

「開かないダイヤルキーください」障害福祉施設がフリマアプリで募集 ”カギ名人”たちの5年間【2020年傑作選】

2020年を振り返って、どんなニュースが印象に残っていますか。コロナウイルスに関連したニュース以外にも、様々な出来事が起こりました。2020年、弁護士ドットコムニュースで反響のあった記事をもとに、今年を振り返ってみます。

2020年6月21日に掲載され、反響があったのが、ある障害者施設についての記事でした。以下は当時の記事です。(掲載当時とは状況が異なっている可能性があります)

●破格の依頼料とスピード感

「ダイヤルキー開けます。」。2月の中旬、そんな不思議な仕事をフリマアプリ「ジモティー」で見つけた。各地でマスクの品薄・価格高騰が発生。ジモティーへの出品状況を調べていたときだった。

「4桁までのダイヤルキーを開けます。当方障害者の作業所で根気よく1番号づつ(ママ)確認して解錠します! ぜひ持ち込みでも郵送でもお待ちしております」

開けられない鍵がちょうどあったはずだ。自宅の物置から鍵を引っ張り出してきた。(編集部・塚田賢慎)

●コロナ禍、自宅などで開けまくる

自転車用の鍵を中古で購入したが、3桁の番号がわからなくなっていたところだった。指定された東京都足立区の「のんの作業所」に持ち込んでみた。依頼料は破格の「50〜100円(切手でも可)」。

切手を貼った返信用封筒と、工賃の50円切手をスタッフに渡した。1週間もしないうちに、開けられた鍵が返ってきた。解錠担当者直筆の「ありがとう」のメモも同封してくれていた。

解錠サービスについて、作業所に取材を依頼し、相談支援員へのインタビューを3月下旬に実施した。その1週間後に作業の様子も取材するはずだったが、感染対策のため、作業所は3月31日から休業することになった。

緊急事態宣言が解除された5月26日から段階的に作業を再開し、6月中旬になってコロナ前の状態に戻ったところで、ようやく取材もかなった。

「のんの」は株式会社てっぱんが運営する障害福祉サービス事業所の1つだ。知的障害者や精神障害者らが働く「就労継続支援A型・B型事業所」として、レストラン・惣菜販売、そして「ダイヤルキー解錠」も行なっている。

コロナ休業中、利用者は自宅やグループホーム(共同生活援助事業所)で鍵開けなどの作業を続けていた。

3月末には十数個あった鍵は、6月の取材日には残り1個になっていた。感染対策のため、鍵の募集を一時的にお休みしていたからだ。

B型作業の時間割。平日午前9時〜午後3時半のうち、休憩を入れながら約3時間行われる B型作業の時間割。平日午前9時〜午後3時半のうち、休憩を入れながら約3時間行われる

のんのには3人の「鍵開け名人」がいる。楠原さんによると、名人たちは、ダイヤルキーを手にすると、3〜4桁の番号を「0000」から、「0001」、「0002」。1番号ずつカチカチと回し始め、ときには十数分、長い時には何時間でも根気よく取り組み、「鍵が壊れていなければ、必ず開けてしまう」のだという。

「楠原さんによると」と書いたのは、実際の解錠を見ることができなかったからだ。本当であれば名人の1人、Aさんに作業の様子を見せてもらう予定だったのだが、約束の時間の前にグループホームに帰ってしまっていた。名人は気まぐれである。

かわりに、Bさんにお願いしたが「このタイプ(4桁)は開けない」とお断りされた。名人はこだわりも強いのだ。

●「はしゃぎっぷり」鍵開けのきっかけに

鍵を開ける作業は2015年ころから始まった。作業所が譲り受けたロッカーに取り付けられていたダイヤルキーを、1人の利用者が見事に開けたのだ。

「彼が笑ったところを見たことなかったのに、手を叩くはヨダレを流すは、すごいはしゃぎよう。私たちも『そんなにうれしかったの?』と驚いて、それからもっと鍵を開けてもらうことにしました」(楠原さん)

職員らが自宅から持ってきたダイヤルキーを、名人たちは持ち込まれるそばからすべて解錠し尽くしてしまった。

「今度は作業所の外に『ダイヤルキー募集。開けます』の張り紙をして、鍵を集めました。よく集まるのは自転車の鍵ですね。不動産屋さんもよく来られます。鍵を入れるキーケースの番号がわからなくなっちゃうそうです」

「ジモティー」に掲載したのはだいたい1年前。記者は直接持ち込んだが、ジモティー経由の依頼者のほとんどが郵送してくるそうだ。4月までは1週間に2個のペースで開けていたという。

「正直諦めてる」と話していた依頼者が「すごいね。本当に開いたの?!」と喜ぶ顔も、利用者には報告している。

●「鍵開け名人」の素顔

「名人」として活躍する利用者は、他の利用者と交わることが苦手で、黙々と作業をすることが得意だ。

取材前に帰ってしまったAさんは、精神障害を持つ50代の男性。母親から「おまえなんか望まずに妊娠したんだ」と罵声を浴びせられながら育ったこともあり、統合失調症をわずらっている。近くに人がいると、悪口を言われている幻覚や幻聴を見聞きしてしまうそうだ。

「Aさんは他の作業所からうちに来て初めて『いい意味でも視野が狭くなる。何も聞こえずに一心不乱になれる』と話していました。鍵を開けている間は、苦しいことを考えなくて済むようです」

知的・精神の重複障害を持つ20代男性のCさんは、鍵を開けるときだけニコニコ笑うという。

「想像ですけど、人生で何か達成したことがなくて、賞賛を浴びる機会がなかったのではないでしょうか。鍵を開けることで、達成の喜びを感じてくれるのはとても良いことだと思います」

作業所がお休みの期間、利用者は在宅で圧着作業に集中していたという 作業所がお休みの期間、利用者は在宅で圧着作業に集中していたという

この仕事は、就労継続支援B型事業所の作業として認定されている。

「作業という色合いよりも、感動と喜びのほうが大きな仕事です。開けると彼らもうれしいし、私たちもすごいうれしい。他の人と会話できない人、黙って黙々と働き続ける人、無表情で喜怒哀楽のわからない人が、開いた瞬間に喜びを爆発させます。まわりも拍手喝采で喜んでいます」

鍵を開けることのほかにも、いろいろな作業がある。取材日には、男性用脱毛ワックス商品の外箱を組み立てているところだった。また、ネジをひとつひとつビニール袋に入れて、袋を圧着する作業も行われた。

●作業所にもコロナの影響、収入が激減

B型の作業の工賃は安く、全国平均工賃は月額1万6118円、時給換算すると僅か214円だ(厚労省・2018年度の調査結果)。より作業が複雑なA型でも7万6887円である。

ただでさえ工賃が安いのに、コロナの影響で休業した各地の作業所では減収が問題になっている。「のんの」でも、A型のレストランを休業し、弁当の出前などのB型の作業も縮小したため、大幅に減収した。

のんのでは、近場に限られるが、お墓の掃除代行や、自転車の掃除代行といった作業を請け負うことも計画しているそうだ。

名人のAさんは、鍵を開けられないもどかしさもありながら、器用な手先を活かして、慶事に使う美しい「水引(みずひき)」を作っている。早く鍵が届くことを待ち望む彼らのため、ダイヤルキーの募集はいずれ再開される。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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