華やかなアナウンサーの世界。しかし、テレビ局に正社員として入れるのはごくわずか。売れっ子のフリーアナウンサーが何本もの番組に出演する一方、アルバイトで食いつないでいるような不安定なアナウンサーも数多く存在する。
フリーアナウンサーでもある、青木美佳弁護士(69期)も、弁護士になる前はいつ仕事を失うか分からない契約アナウンサーだった。
“副業”として弁護士を目指したのは、「女性アナウンサーは30歳定年」という男性ディレクターの助言がきっかけだったという。(ライター・乃木章)
●アナウンサーの道は狭き門
子どもの頃から、アナウンサーに憧れていたという青木弁護士だが、実際になるまでには紆余曲折があった。
法学部に在籍していた大学時代は、在京キー局のアナウンサー試験を受けるも不合格に終わり、一般企業に広報として就職。しかし、アナウンサーになりたい想いが諦めきれず退職、「新卒資格」を取り直すために、大学院に入学した経緯がある。大学院ではジャーナリズム論が専攻だ。
「学部生のときは、アナウンススクールに通っていました。最初はTBSのスクールだったんですが、卒業するまでに全キー局に行きましたね。
アナウンススクールは、技術を身に着けるのもありますが、それ以上に現場がどういう人材を欲しがっているのかを知ることができる場所です。局の人の目にも留まりやすいし、表には出ない小さな番組単位のオーディションも受けさせてもらえます」
このようにアナウンサー志望者の多くは、就職活動が始まる前から行動しているのだという。だが、実際にアナウンサーになるのは難しく、在京キー局になると採用倍率は1,000倍ともいわれる。キー局の「正社員アナウンサー」になれなければ、今度は地方局や、NHKなどの「契約アナウンサー」を目指して、熾烈な争いが繰り広げられる。
「試験会場に行くとすごいですよ。コンサート会場かっていう(笑)。書類で振り落とされる局もありますけど、写真と本人が違うというのもあるので、書類審査なしで応募者全員に一次面接で会ってくれる局があるんですよ。短い時間で面接官の印象に残らないと次の審査に進めない」
そうした中では、志望者の出自や学歴、特に女性であれば見た目も大きく影響することになるという。
「声質や発声は大事ですけれども、やっぱり映像があると人の意識が分散するので、声だけじゃ判断されない。
すごく覚えているのは、ある局の面接に行った時に写真だと背が小さく見えたらしくて、『大きいね』と何度も言われたことです。あちらとしては小柄な子が欲しかったらしく、マイナス要素になってしまいました。
世の中で起きていることへの関心や、自分の経験からどう物事を捉えるか、機転の利かせ方など、努力して身につけられる点はもちろん大事です。でも、自分の努力では変えられないところも審査対象になってしまうんです。
アイドル要素がある子が欲しい年もあれば、硬派でしっかり原稿を読める子が欲しい年もある。その時の局で求めているカラーに合わせる必要がありますね」
●社員アナウンサーと契約キャスターの違い
大学時代は在京キー局しか受けなかった青木弁護士だが、2度目の就職活動では全国の放送局を受けた。その結果、NHKの契約キャスターに合格した。勤務地は四国か北海道のどちらか。
しかし、社員アナウンサーと契約キャスターとでは待遇が全然違う。契約キャスターには社会保険もないし、契約も1年ごとの更新。長くても3年くらいしかいられない。局で育てるという考えは基本的になく、悪くいえば「使い捨て」だ。
アナウンサーを続けるためには、契約が終わったあと、また全国行脚を繰り返さなければいけない。
青木弁護士は結局、NHKには行かず、ほかに内定をもらっていた東京のケーブルテレビの契約キャスターの道を選んだ。大きかったのは、実家から通えるということだった。
「契約キャスターは衣装もメイクも自分で用意しないといけない。衣装はセットの背景色や季節感、一緒に出演する人との色のバランスを見て、都度変える必要があります。明るい様々な色の洋服が売っている春には大量に買いましたね。
独り暮らしだったら、金銭的に続けていけなかったんじゃないかと思います」
●アナウンサーから弁護士へ
青木弁護士が、契約キャスターとして採用されたケーブルテレビでは、平日夕方のニュースで木曜日を5年間担当した。
「最初の1年はそれだけでしたけど、年数が増えるにつれ、他の曜日でも特番や、都庁イベント、他局の単発の仕事が増えていきました。それでもやっぱり、1本出演するにつき、出演料が決まります。毎月の固定給がないのもキツい所です」
加えて、契約がいつまで更新されるかも分からない。
「番組は、視聴者に飽きられないよう常にリフレッシュする必要があります。でも、セットを変えるのでは限界があるんです。やっぱり人をガラッと変えると、それなりにリフレッシュした感が出る」
アナウンサーをできるなら「契約」でも良いと考える人はたくさんいる。「代わりはいくらでもいる」状況は、出演者にとって大きなプレッシャーだ。
画像はイメージです(Milko / PIXTA)
そんなとき、番組のディレクターから、「女性アナウンサーは30歳で定年だ。長く続けたいなら+αの武器が必要だ」という言葉をかけられた。
「ディレクターが法律のニュース原稿を書くのに苦労していたんですね。自分は法学部だったから、勉強すればうまく伝えられるなと思いました。ただ、ディレクターは『記者も勉強しているから、ただ詳しいだけでは説得力がない』と。それで弁護士になろうと思ったんです。
アナウンサーとして大勢の中から選ばれる時にも印象に残りやすいですし、弁護士としてやっていくとしても収入が安定しますから」
かつてほど、若さだけが重視される世界ではなくなったものの、次から次に志望者が出てくる中で生き残るのは、至難のわざ。法学部生時代の成績がほぼ全て優と良かったことも後押しし、出演日以外は早稲田大学のロースクールに通い、4回目の受験で司法試験に合格した。
●弁護士としてやりがいはあれど、アナウンサーの仕事は続けたい
本来は「副業」のつもりだったが、弁護士4年目となる現在は、弁護士活動の方に重点を置いている。
「金融系の債権回収訴訟や労働関係が多いです。数年がかりになる場合もありますが、ひとつの事件を最初から最後まで担当してできるのは、それこそ番組の編集から放送まで全部やったような達成感があって、やりがいを感じています。最後まで見届けたい気持ちが強いです」
アナウンサーの経歴を買われて、顧問先からコンプライアンス研修の講師を頼まれたり、所属する第二東京弁護士会の広報を務めたりもしている。ときには企業の「第三者委員会」の委員を務めることもある。放送に関わる法務にも少しずつだが、関わるようになっているそうだ。
「もちろん依頼者の方のご意向に沿って全力を尽くして事件を解決するのが最優先です。一方で、どんな法分野でも解説し正確に伝えられるアナウンサーになりたかったので、そういう意味でも今、様々な弁護士としての業務を通じて得られる経験は、アナウンサーもやりたいという自分にとって恵まれていると思います」
スタジオの照明を意識すると胸がときめく。アナウンサーの楽しさの1つだという。
弁護士として順調であっても、アナウンサーの仕事をやめる気はまったくない。今後はアナウンスの仕事の割合も増やしていって相乗効果になればと語る。そこまで強い思いは、やはり魅力に裏打ちされているのだろうか。
「インタビューなどで自分が知らない話を聞けたり、様々な分野のトップに会えて素敵なお話を引き出せたりすると刺激を受けます。
番組をご覧になった方から、楽しみに見ているよ、元気をもらえるよと声を掛けていただけるは、事件解決後に依頼者の方に感謝されるのと同じくらい嬉しいんです。
あと、これはもう理屈じゃないんですけど、スタジオの高い天井に照明が輝いていると思ったら、それだけでもテンションが上がりますね。純粋に心ときめきます。
私個人としては、アナウンサーは例えるなら商品の一部というつもりでいます。もちろん主たる商品は伝える内容そのものですが、『その人が伝えているから価値が高まる、視聴者への届き方に違いが出る』部分に魅力があります」
相手のニーズを探り選んでもらうこと、積み上げた論理をわかりやすく伝えることーー。弁護士の仕事にも通じるところがありそうだ。
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