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10万円給付のトラブル多発で混乱、庄司昌彦教授が語る「自治体デジタル化」の重い課題
武蔵大学の庄司昌彦教授(zoom取材のキャプチャより)

10万円給付のトラブル多発で混乱、庄司昌彦教授が語る「自治体デジタル化」の重い課題

新型コロナウイルス対策がきっかけで、自治体のデジタル化についての議論が活発になってきました。10万円の現金給付ではオンライン申請によるトラブルが多発し、自治体によって給付スピードにばらつきが出ました。自治体のデジタル化に取り組み、総務省の「自治体システム等標準化検討会」の座長を務める武蔵大学の庄司昌彦教授に課題を聞きました。(ライター・国分瑠衣子)

●自治体ごとにコールセンターが作られるなど、合理的な対応とは程遠いものに

――10万円の現金給付では、マイナンバーカードを使ったオンライン申請で、世帯情報の入力ミスや重複申請が多発し、自治体は確認作業に追われました。なぜこのような問題が起こったのでしょうか。

「複数の問題が集中してしまったと思います。1点目は政治の問題。給付額や支給対象をめぐって議論が二転三転しました。そうした政治的な決定やスケジュール設定に振り回されたのではないでしょうか。

2点目はマイナンバーカードがここまで実践的に使われたのが初めてだったということ。申請する側の国民はカードを持っているけれどパスワードを忘れ、自治体側も大量の申請やパスワード忘れに対応するための業務フローがこなれていませんでした。

国は入り口をつくって情報は流したけれど、自治体の業務(自治事務)としてやってくださいというスタンスだったので、市町村の数の約1700通りの対応になってしまいました。少なくともコールセンターなどは国がまとめて運用した方がよかったのではないかと思いますが、自治体ごとにつくられ、効率的な対応とは程遠いものでした。

オンライン申請に必要な『マイナポータル』の『ぴったりサービス』では世帯主が家族の分をまとめて申請する仕組みになっていなかったため、郵送手続では世帯構成員の名前があらかじめ印字されているのに、オンラインではそれぞれの氏名を入力しなければならないなど、細かい部分でも課題がありました。

2008年3月の住基ネットの最高裁判決は『個人情報を一元的に管理する機関または主体は存在しないこと』という根拠をもとに合憲とされました。だから判決後に設計されたマイナンバー制度も、個人情報を特定の機関に集約せずに分散管理しています。これも給付の流れが合理的なものにならないことに影響しています。

10万円給付で現場が混乱したことを受け、政令指定都市の首長でつくる指定都市市長会は6月、国に効率的なオンライン申請システムの構築を求める緊急要請を出しています」

●現場の負荷を減らすため、システムの共通化が必要

――今回の給付金騒動を自治体のシステム標準化の観点から考えると、どんな問題があるのでしょうか。

「国と自治体は制度的には連携していますが、行政手続のオンライン化について見ると、システムでの連携はほとんどありません。災害情報の分野などでも連携を進めてはいますが、まだまだ実体は伴っていなかったということです。

地方自治体がバラバラにシステムを整備してきた理由について、よく『地方自治法が原則だから』と言われます。それはもちろんその通りなのですが、国の重要な社会基盤であるマイナンバーについては国が法制化し、自治体のシステム整備にも補助金を付けて強力に進めたということがありました。

しかし、例えば国が自治体のさまざまなシステムを標準化して、国と自治体が一体的に連携する行政手続システムに乗り換えるよう自治体にお願いするとなると、マイナンバーの時以上の労力と予算を必要とするでしょうから、簡単なことではありません。

私は国がしっかり支援する必要があると思いますが、一方で地方自治体の側でもこの移行にメリットを見出して、それぞれのタイミングで、それぞれの予算も活用して対応していくようにしていく必要があるだろうと思います。

検討会の座長としては、これから人口が減り、財政的にも厳しい中で各自治体がバラバラにシステムを整備して運用していくのはかなり難しいと考えています。現場の職員のみなさんにもかなりの負荷がかかっていますから、それらを減らすためにもシステムの標準化と共通化が必要です。県や国で基盤をまとめていくべきです。

一方で、社会学者としての立場で言えば、政府主導でシステムを整備していくことに抵抗がある、政府を信用できないという意見があることも理解できます。社会保険庁の年金記録管理のずさんさが問題になった年金記録問題からまだ10数年しかたっていません。国がデータをしっかり管理できるとは限らないという指摘は否定できません。国によるデータの取り扱いをきちんとガバナンスする制度ができていないと思います。

たとえば行政機関個人情報保護法は総務省が所管していますが、総務省はデータ活用を推進する役目も持っています。ブレーキとアクセルを同じ組織に託すのではなく、必要があれば個人情報保護員会が政府機関であっても厳しくチェックするなど、政府を監督する仕組みが必要です」

●大きく変えなければならないという危機感が共有された

――コロナ禍で政治が、行政のデジタル化や自治体システムの問題にようやく本気で取り組もうとしています。

「2019年に成立した『デジタル手続法』などコロナ問題が起きる前から行政のデジタル化は関心が高まってきていましたが、コロナ禍で国と地方の行政システムを機動的・効果的に動かさなければいけないということを痛感したと思います。コロナをきっかけに必要性がいままでより広い範囲で強く認識されました。

骨太の方針の重点項目や、政府と経済団体の共同宣言にも行政手続のデジタル化が盛り込まれ、重要課題という認識です。この分野はこの20年ほどの間、なかなか改革が進まないとも言われてきましたが、今度こそはルールを整備し、お金をつけ、人や組織も手厚くして少しでも多く成果を具体化しなければなりません。

そのためには、たとえば復興庁のように時限的にミッションを設定して完遂していく組織が有効かもしれないとも考えています。いずれにしろ、今は国と自治体の境目を超えて、大きく変えなければならないという危機感が共有されていると思います。

ITの話は専門性が高いので、セキュリティーやデジタルデバイドへの懸念に議論が集中し、それ以外の本質的な議論がなかなか進まないという実態がありました。特定の地域の発展にすぐつながるというものでもないので、政治家にとっても票につながりにくく取り残されてきた分野です。でも気が付いたら後回しにしていた問題が噴出してしまった。コロナがきっかけで行政のデジタル化の必要性が認識されたと思います」

●楽観的にみても、フルデジタル化には10年かかる

――自治体システムの整備が完了するのはどのぐらいかかるのでしょうか。

「私は自治体システム以外にオープンデータというテーマに10年取り組んできましたが、政府のIT戦略になっても、歴代の首相が重要性に言及しても、官民データ法という法律ができても、まだまだ地方自治体の対応は半分にも達していません。10年やってかなり国の政策は進んだけれどもまだまだ道半ばという感じです。

その経験を踏まえると、今回の自治体システムの議論は政治も積極的にかかわっているのでスピードは上がると思いますが、住基、福祉、税金など主要分野のフルデジタル化は楽観的に見ても10年はかかると思います。

もちろん給付金など緊急性が高いものは10年もかけていられないので、すぐに着手しなければなりません。それだけ時間をかけても、自治体システムを整備し直して私たちの生活の基礎部分を守ることと、自治体の現場の負担を減らすことを目指す必要があると思います」

――自治体システムの整備以前の問題として、今回のコロナ禍で、自治体がいまだにFAXを多用していることが問題視されました。

「テレワークを妨げているとして話題になったハンコ問題と同じで、仕事のやり方を変えたくない、変えられない、ということが原因としては強いと思います。これまでのやり方を変えようとすると、分かりやすくて、コスト削減効果が明らかで、インセンティブも用意され、絶対にミスを出さないという完璧なシステムが求められてしまう。

それは本当に難しいことですので、それなら今まで通りでいいや、という方向に倒れてしまいがちです。ファックスは誤送信や紛失などの可能性もあり、内容によってはセキュリティ面でも問題がありますし、その情報をPCに手入力するといった非効率も生じがちなのですが、仕事のやり方を変える大変さに比べればリスクから目をつむり現場担当者に頑張らせればいいと考えがちでした。

よく『失われた20年』などと言われますが、私たちの社会は国際競争力の低下に対し、人件費を中心とするコスト削減で乗り切ろうとしてきました。そして基本的に日本の働き手は真面目なので現場の人が頑張ることで何とかやってきましたが、長時間の残業やブラックな労働環境が問題になるなど働き方の見直しが大きな社会課題となってしまいました。

自治体においても民間委託をしたり、非正規職員を増やしたり、正規職員が抱え込んだりして、人に負荷をかける方向でなんとかやってきましたが、さすがに無理な時期にきていると思います。

その意味では、コロナを機に本来必要なものが明らかになりました。制度を守ることも大切ですが、いざという時に必要な人にお金や行政サービスが届かなかったらダメです。救うべき人を救う、行政が今後もしっかり機能し続けるようにするという本来の目的に立ち返り、議論しなければなりません」

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