刑事事件の判決の法廷では、裁判官がまず「主文」といわれる判決の結果を読み上げるのが通例だ。しかし、この「主文」に含まれるべき判決内容の一部を、裁判官が言い忘れてしまうという珍事が4月上旬、神戸地裁明石支部で起きた。
報道によると、この裁判では、盗難車を買い受けたとして、2人の被告人が「盗品等有償譲り受け罪」に問われていた。判決は2人とも有罪。裁判官は、1人に懲役2年(執行猶予4年)・罰金50万円を言い渡し、もう1人に懲役1年6ヵ月(執行猶予3年)・罰金30万円を告げた。
しかし、罰金を支払えない場合に「労役場」に留置する期間も言い渡さなければいけなかったのに、その期間を言い忘れてしまったのだという。判決書(判決文)にも、その旨の記載はなかったそうだ。
今回は閉廷後、裁判官のミスに気づいた検察官が「控訴」という手段をとった。だが、裁判が長期化することにより、被告人など関係者の負担も増えそうだ。今回のように、裁判官が判決を言い忘れた場合、あらためて「正しい判決」をもらうためのルールはどうなっているのか? 元裁判官の田沢剛弁護士に聞いた。
●判決をもらい直すには?
「判決の言い渡しのルールは、民事事件と刑事事件とで異なります。
民事事件の場合は『判決の言渡しは、判決書の原本に基づいてする』(民事訴訟法252条)と定められています。
それに対して、今回のような刑事事件の場合は『判決は、公判廷において、宣告により告知する』(刑事訴訟法342条)、『判決の宣告をするには、主文及び理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げなければならない』(刑事訴訟規則35条2項)と定められています。
刑事事件では、判決の言渡しは『判決原本』または『判決書原稿』に基づかなければならないとは、規定されていません」
田沢弁護士はこのように説明する。刑事事件では、「口頭」と「判決書原稿」の内容に違いがあった場合には、「口頭」の言渡しが「判決」とみなされるほどに、口頭での言渡しには重要な意味がある。
では今回のように、裁判官が言い忘れた場合には、どうすれば良いのだろうか。
「裁判長が、本来言い渡すべき内容の判決を述べなかった場合は、法廷にいる検察官や弁護人などの関係者がその場で指摘して訂正を求め、改めて裁判長による言い直しがなされればよいとされています。
また最高裁は、『判決宣告の期日』が終了するまでは、判決文の主文や理由を訂正したり、いったん宣告した判決内容を変更し、宣告し直せるとしています。すると、その前になされた判決の宣告は効力を失い、宣告し直したものが正しい判決の内容とみなされます。
ここで問題になるのが、どの時点で『判決宣告の期日』が終了したと捉えるかです」
●言い忘れに気づいたのが、閉廷後だったら・・・
今回の場合は、閉廷後に言い忘れに気づいたということだ。
「裁判長が閉廷を告げても、公判廷内にまだ被告人が在廷しているならば、期日はいまだ終了していないものと捉えることができます。
しかし、判決を宣告して、被告人の退廷を許し、被告人が法廷の外に出てしまったような場合は、判決宣告の期日が終了したものと捉えられます。そうすると、もはや言い直しはできず、控訴により上級審で正しい判決をもらうしかないと思われます」
法廷の外に出た被告人を呼び戻して、判決を言い直すことはできないのだろうか?
「たしかに、そのようにすれば、当事者が控訴という余計な手続を執らずに済み、裁判長もその失態を上級審に見られなくて済むでしょう。しかし、そのような安易な解釈をとることは、かえって司法の威信を貶めることになるような気がします」