女優の土屋アンナさんの主演舞台『誓い〜奇跡のシンガー』が昨年夏、原案をめぐるゴタゴタをきっかけに公演中止となった騒動が後を引いている。舞台制作者である演出家の甲斐智陽さんは、土屋さんが一方的に降板したとして、3000万円の損害賠償を求めて土屋さんを提訴。法廷での争いが続いている。
報道によると、3月上旬の第3回口頭弁論で、裁判長は「原点に戻り、話し合いをもつことはできないのか」と問いかけ、「和解」を提案した。しかし甲斐さんは閉廷後、和解勧告について「話し合いは望むところだけど、土屋が謝罪することが条件」「金額もビタ一文まけられない」と発言したという。
どうやらこの裁判では、和解がすぐに成立するというわけではなさそうだ。そもそも、訴訟における「和解」とは、どのような制度なのだろうか。また、どういった場合に、和解は成立するのだろうか。好川久治弁護士に聞いた。
●「和解調書」は判決と同様の効力を持つ
「『訴訟における和解』は、係争中の裁判の途中に、紛争解決を目的として、原告と被告の双方が互いに譲歩をして、訴訟のまな板に載った権利義務に関する一定の合意をしたうえで、裁判を終了させる訴訟上の行為です」
好川弁護士はこう説明する。裁判の当事者がそれぞれ譲歩したうえで「一定の合意」をするわけだが、「訴訟上の行為」というのがポイントだ。
「『訴訟における和解』の特徴は、その内容が裁判記録である『和解調書』に記載され、確定判決と同様の効力を有することです(民事訴訟法267条)」
この場合の「確定判決と同様の効力」とは、どういうことだろうか。
「たとえば、『訴訟における和解』で金銭の支払いなど財産上の給付を約束した場合、義務者が約束を果たさなければ、和解調書にもとづいて強制執行をすることができます(民事執行法22条7号)。
それが金銭の支払いを約束した和解なら、義務者の財産に対する差し押さえが可能となりますし、建物の明け渡しや動産の引き渡しを約束した和解なら、執行官に申立てをして強制的に明け渡しや引き渡しを実行してもらうことが可能です。
また、不動産等の登記や登録を約束した和解なら、義務者の協力を得なくても和解調書をもって登記や登録が可能となります」
●裁判所はいつでも「和解勧告」ができる
裁判中、どんなタイミングで「和解」になるのだろうか。
「裁判所は、訴訟がいかなる段階にあっても、いつでも当事者に『和解』を勧告することができます(民事訴訟法89条)。いつ勧告するかは、事案の内容や裁判での争点整理の進展具合、当事者の意向などに左右されます。
争点が少ない事案では、最初の期日に和解を勧告されることもあります。そうでなくても、当事者の主張と証拠がひととおり出そろった段階や尋問手続が終わった段階、さらには結審後に、和解を勧告されることもままあります。
また、係争中に一度だけでなく二度、三度と、和解を勧告されることもありますし、第一審だけでなく上級審で勧告されることもあります」
●「和解」のメリットとデメリットは?
和解のメリットとデメリットはどういうものなのだろうか。
「和解のメリットは、お互いの合意のうえでの解決のため『紛争が後々残りにくい』ことや、判決に至る前に『早期解決』ができることなどがあります。
一方で、裁判所の公的判断が下されないため、白黒つかない玉虫色の解決となり、当事者が納得感を得られないことがあるというデメリットもあります。
どちらが良いかはケースバイケースです。大局的な『紛争解決』という観点からすれば、こじれたまま判決を迎えるよりも、あいまいにして和解するほうが望ましいケースもあるでしょう」
裁判にまでなった紛争でも、和解できるケースがそんなにあるものなのだろうか。好川弁護士は次のように話していた。
「係属中の裁判で『和解』が成立するケースは、全体の3割程度と言われており、事件の種類によっては半数以上が『訴訟における和解』で解決するものもあります。
最初は、判決で白黒はっきり結着をつけたいと思っていても、双方が言い分を出し合ううちに勝敗の見通しが立ち、裁判を続ける意味をあらためて考えるタイミングが訪れることもあります。
そうした際に和解できるかどうかについては、裁判所や代理人が重要な役割を担っているのが現実です」