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コロナ「濃厚接触」隠して飲食、休業に追い込まれた店が「警察官」を提訴…争点は?
青森県警察本部(Googleストリートビューより)

コロナ「濃厚接触」隠して飲食、休業に追い込まれた店が「警察官」を提訴…争点は?

青森県警の男性警察官(20代)が、新型コロナウイルス感染者の濃厚接触者であることを隠して飲食店を利用したことで、損害を受けたとして、同県十和田市の飲食店2店が、警察官を相手取り、計約550万円の損害賠償を求める訴訟を起こしている。

報道によると、この警察官は昨年7月8日、派遣型性風俗店(デリヘル)を利用した。同12日夜から、のどの違和感や咳の症状が出ていたが、14日から十和田市に出張して、同僚とともに居酒屋とナイトクラブで会食した。

この時点ですでにデリヘル女性の新型コロナ感染が判明しており、男性は濃厚接触者だったが、青森市からの連絡に「心当たりはない」と話していたという。15日夜、発熱や味覚異常があったため、救急搬送されて、この日のうちに陽性が判明した。

飲食店側は、警察官の感染によって、約2週間の休業を余儀なくされた。2店とも関係者の感染はなかったが、店に損害を与える予見可能性があったと主張しているようだ。一方、警察官側は請求棄却を求めているという。

現在でも、新規のコロナ感染者数は全国的に増加しており、「自分は絶対に感染していない」と言い切れる人はそういない状況だ。今後同じような争いが起こらないとも限らない。裁判ではどのような点が争点となるのだろうか。大橋賢也弁護士に聞いた。

●問われるのは「不法行為責任」

——飲食店側はどのような主張をしていると考えられますか。

実際に訴状を見ておらず、報道を見た限りという前提ですが、原告は、不法行為に基づく損害賠償を請求しているのでしょう(民法709条)。不法行為が成立するための要件は、次のとおりです。

(1)原告の権利または法律上保護される利益の存在
(2)被告が(1)を侵害したこと
(3)(2)についての被告の故意または過失
(4)損害の発生及び額
(5)(2)と(4)との因果関係
(6)(2)が違法であること

今回のケースに即していえば、飲食店側は以下のような主張をすることになると思います。

(1)自分たちには店舗を営業して利益を上げる権利が存在する
(2)新型コロナウイルスに感染した客が来店したことで休業せざるを得なくなり(1)を侵害した
(3)客は来店前に陽性者が出た風俗店を利用していたので、自らが濃厚接触者であることを知っていたといえ、(2)につき過失がある
(4)飲食店は2週間程度の休業を余儀なくされたので、その間売り上げがなくなってしまったなどの財産的損害が発生した
(5)(2)と(4)との間に因果関係がある
(6)客の行為には違法性が認められる

今回のケースで主に問題となり得るのは、(3)客に過失があったといえるかという点と、仮に過失があったと認められたとして、(4)飲食店に発生した損害額がいくらになるのかという点などであろうと思います。

●濃厚接触者の自覚あって店利用すれば「過失」認められやすい

——(3)客に過失があったといえるのでしょうか。

過失は、一般的に、損害発生の予見可能性があるのに、損害発生を回避する作為義務(結果回避義務)を怠ったことなどと定義されます。その判断は、職業・地位・階級などに属する一般普通の人の注意能力(以下「一般人」といいます)を基準とします。

たとえば、(a)客が風俗店を利用、(b)客と接触した女性の感染が確認、(c)客の体調に異変が生じる(のどの違和感やせきの症状等)、(d)保健所が客に対し、「濃厚接触者に該当するので、至急PCR検査を受けて」と連絡をする、(e)それにもかかわらず、客が飲食店を利用した、(f)その後、客の陽性が判明し、飲食店が休業せざるを得なくなったという時系列を想定してみましょう。

このような時系列を前提に、一般人を基準にすると、不要不急の外出を控え、早急に医療機関で検査を受けるべきと判断するでしょう。

また、客が利用した飲食店が、居酒屋やスナックなど、ある程度の人数が集まり、食事だけでなく会話も楽しむような店であれば、より他者へコロナウィルスを感染させる危険性が増大すると考えられます。今回のケースのように、客が1人ではなく、同僚と複数人で飲食店を利用する場合は、上記の危険性はより大きくなるでしょう。

以上のような場合を前提に検討してみると、一般人は、自らが濃厚接触者である場合、飲食店を利用すると結果的に飲食店が休業せざるを得なくなるので、利用を控え、早急に医療機関で検査を受けるべきと判断すると思います。それにもかかわらず、飲食店を利用した客には、過失が認められることになるのではないでしょうか。

●休業期間が妥当だったかどうかなどが争われる

——過失が認められたとして、(4)損害額はいくらになるのでしょうか。

一般的には、休業期間に得られたであろう利益(逸失利益)から、開店していた場合に発生する経費(人件費や光熱費等)を控除した残金を、財産的損害として請求するものと思われます。

実際の審理では、原告が主張する休業期間が妥当なものであったのか、風評被害は財産的損害に含まれるのかなどについて、主張や反論がなされるものと思われます。

なお、飲食店が、保健所からの休業要請に従って休業したのではなく、風評被害等により自主判断で休業した場合には、客の権利侵害行為と飲食店の損害との因果関係の有無も問題になり得ると思います。

——濃厚接触者であることを隠し利用していたとしたら、道義的にも問題ありそうです。

飲食業界が大変な状況にあるにもかかわらず、コロナに感染している可能性が否定できないと感じている人が飲食店を利用することは、とても無責任なことだと思います。

私たち一人ひとりが、自らが感染しない、他者へ感染させない、という強い危機意識を持ち続けてはじめてコロナ感染の収束が見えてくるのではないでしょうか。

プロフィール

大橋 賢也
大橋 賢也(おおはし けんや)弁護士 川崎エスト法律事務所
神奈川県立湘南高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。平成18年弁護士登録。神奈川県弁護士会所属。離婚、相続、成年後見、債務整理、交通事故等、幅広い案件を扱う。一人一人の心に寄り添う頼れるパートナーを目指して、川崎エスト法律事務所を開設。趣味はマラソン。

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