企業の従業員が「発明」した特許をめぐる議論が現在、特許庁の特許制度小委員会で戦わされている。
この問題について、朝日新聞は9月3日、「政府は、社員が仕事で発明した特許を原則として社員に帰属させる特許法の規定を改め、無条件で会社のものとする方針を固めた」と報じた。「十分な報償金を社員に支払うことを条件にする方向だったが、経済界の強い要望を踏まえ、こうした条件もなくす」とした。
これに対して、ネット上では、発明者である従業員の待遇悪化や、優秀な研究者が海外に流出することを懸念する声が上がった。
一方で、日本経済新聞は同日夜、「従業員に報酬を支払う新ルールを整備し、企業が発明者に報いることを条件」「新ルールは、発明者に報いる仕組みを各企業が整えるよう法律で義務付ける方向」と報じた。
朝日は「無条件」、日経は「条件付き」と報じていて、内容が大きく異なるが、職務発明の帰属問題について、現在の議論をどうとらえるべきだろうか。和田祐造弁護士・弁理士に意見を聞いた。
●産業界はむしろ「譲歩」する意見を出している
「会議の議事録が完全公開されているわけではありませんので、『条件付き』か『無条件』かについて、政府がどのように方針決定したのかは不明な部分もあります。
しかし、政府はこれまで、使用者主義(特許が法人に帰属するというルール)を採用するには、『従業者等の発明のインセンティブが実質的に確保』されていることが前提であるとして、使用者主義を無条件で採用することに反対していました。
9月3日の委員会で配られた資料を見ると、産業界は従来の意見より譲歩して、『企業側が発明者にインセンティブを支払うルールを、法律で決めることは有意義だ』という趣旨の意見を出している様子が見て取れます」
和田弁護士はこのように指摘する。
すると、今回の2種類の報道は、どう見たらいいのだろう。
「産業界すら譲歩しているのに、『無条件』案を政府が推し進めたとは考えがたいですね。日経新聞の報道のほうが議論の流れにより合致しています。
朝日新聞の記事は、3日に開催された委員会の前に報道されたものであることを差し引いても、議論の流れと乖離していますね」
このように和田弁護士は首を傾げていた。
●「対価が支払われる法的ルール」があれば流出は起こりにくい
ところで、条件の有無はともかく、「原則、企業に帰属する」と決まったことで、優秀な研究者が日本から流出したりはしないだろうか。
「発明者への対価の支払いが、しっかりと法律で決まってさえいれば、発明者にとって、特許が原始的に企業に帰属することになるかどうかは、形式的な問題でしょう。実際、各国の制度を比較しても、そこで有意な差が出ているとも言えません。
それさえあれば、発明者の待遇悪化や、優秀な研究者の海外流出のような事態は起こりにくいでしょう」
和田弁護士はこう指摘していた。