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広島県警「消えた8572万円」を内部補てんへ それ本当に任意ですか?
広島中央署(C)Google

広島県警「消えた8572万円」を内部補てんへ それ本当に任意ですか?

2017年5月に、広島中央警察署の金庫から現金8572万円が盗まれた事件は急展開を迎えた。

事件後に死亡した男性警察官(30代)が関与した疑いが強いとして、広島県警が窃盗の疑いで書類送検する方針だというのだ。この男性警官は事件後、数千万円あった借金を返済しているという。地元の中国新聞などが2月21日に報じた。

盗まれた現金はまだ見つかっていない。2月5日の中国新聞によると、広島県警は税金での補てんを避け、幹部や職員互助会など内部で補てんするという。

●税金での補てんを避けたいのはわかるけど…

盗まれた現金は、広域詐欺事件の証拠品。この事件は広島地裁で公判中で、有罪判決が確定すると被害者への救済にあてられるため、対応を迫られていた。

広島県警によると「報道発表しているものではないので、(補てんの詳細は)答えられない」とのこと。ただし、幹部による金銭補てんについて、「知る限り内規はないと思う」という。

事件は当初から警察内部の犯行と見られていた。税金から補てんしづらいのはわかるが、内部で補てんとなれば、直接的な強制はなくても、断れない空気になりはしないだろうか。法的にどう考えられるか、土井浩之弁護士に聞いた。

●「本当に任意と言える?」

ーー法的には、本人が納得していたら問題なし、となるのでしょうか?

「『寄付』が任意に行われる限りは自由です。問題は『本当に任意といえるのか』という点です。

警察は『地方公務員法』の適用を受けますが、身分保障が充実しているほか、労働基準法が多く準用されていることから、今回の問題は民間労働者の場合と同様に考えられると思います。

労働関係法は、使用者と労働者の間の格差を背景に、『労働者が必ずしも任意に労働契約に合意しているわけではない』という実情を踏まえ、労働者保護の観点から縛りをもうけています。

特に金銭負担など労働者に不利益が生じる場合は、任意性について厳しく判断することを法律は求めていると考えられます」

ーー強制は許されないということですね。

「一般職員にせよ、幹部にせよ、自分に落ち度がない場合は、金銭的負担などの義務が発生しないということが法律の大原則です(過失責任主義)。寄付を強制することはできません。

寄付しなければ、その人の職務上の立場や名誉を侵害することを示して金銭負担を要請することになってしまうと、恐喝罪などの犯罪に該当する可能性すら出てきます。

上司が部下に寄付を要請すること自体も、直ちに違法と断ずることはできませんが、任意性が無いと判断される要素になると思います」

●責任感は理解できるけど…中止すべきでは?

ーー「税金では補てんできない」という気持ちは理解できます。ただ、警察組織の中で、完全な「任意」というのは苦しいのではないでしょうか?

「責任感を持って補てんしようというまじめな考えは理解できるのですが、厳しいことを言えば、労働者が損失を補てんするということは、公的な財産の私物化ということにもなってしまいます。

『足りなければ補てんしてよい』という考え方は、『余れば受け取って良い』という考え方と通じてしまうのです。実際にはそのようなことは起きないでしょうが、『公金や証拠物は不可侵なものだ』という考えとは相いれない考えです。

公金や証拠物の不可侵性についての考えが揺らぐ危険があること、公務員の身分保障制度をないがしろにしかねないことなど、長期的に見れば、公益の観点からも大変問題の多い行為です。

そもそも、警察という上下関係のある階級組織において、集団で寄付を行うことを決めるということは任意性において疑われることですし、大きな金額の場合は家庭不和の原因になります。

現場警察官の責任感は理解できるとしても、現場の警察官を監理するべき県警や警察庁はこのような補てんを中止させるべきですし、自治体や国はこのような問題のある填補を受け取るべきではないと考えます」

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

土井 浩之
土井 浩之(どい ひろゆき)弁護士 土井法律事務所
過労死弁護団に所属し、過労死等労災事件に注力。現在は、さらに自死問題や、離婚に伴う子どもの権利の問題にも、裁判所の内外で取り組む。

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