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恵庭OL殺人・再審請求、女性受刑者「私の18年を返して」…弁護団が語る真相
伊東秀子弁護士(左)

恵庭OL殺人・再審請求、女性受刑者「私の18年を返して」…弁護団が語る真相

2000年3月、北海道恵庭市で起きた「恵庭OL殺人事件」で、3月20日に第二次再審の可否が決定する見込みだ。同事件で、O受刑者は一貫して無罪を主張していたが、1、2審ともに有罪。2006年に殺人と死体損壊の罪で、懲役16年の判決が確定した。

事件は、被害者の女性会社員Hさん(当時24歳)が恵庭市郊外の農道上で焼死体で発見され発覚した。北海道警は直後から、Hさんの同僚のO受刑者(当時29歳、女性)を徹底マークし、Oさんが交際していた男性が、Hさんに好意を寄せたことを逆恨みした「同僚男性社員との三角関係のもつれ」が原因で殺害したとして5月に逮捕した。

O受刑者が被害者を殺害した明確な直接証拠はなく、状況証拠だけでO受刑者は有罪判決を受けたと弁護団は主張している。2012年に、第一次再審請求をしたが、2014年に棄却。2017年に、第二次再審を請求すると、日弁連は再審請求支援を決定した。

不可解な点が多い同事件で18年間、主任弁護人を努めてきた伊東秀子弁護士に話を聞いた。(ルポライター・樋田敦子)

●「警察の思い込み捜査」で「三角関係のもつれ」というシナリオに

―― 一審から間接事実を証明する状況証拠が多々あるものの、直接的な証拠はありませんでした。

「最初から警察の見込み捜査でした。三角関係のもつれ、恋人を奪われたことへの恨みによる犯行だと検察側がストーリーを展開し、一審、二審はそれを正当化するための裁判に終始しました。証拠に基づく判断では決してなかったのです。このストーリーにマスコミが群がり、『三角関係のもつれによるOさんの犯行』というイメージが出来上がりました。

私は、恋人の心がほかの女性に移ったくらいでカッとなって人を殺すのか、という犯行動機自体に疑問を持ちました。多くの女性は元恋人が同僚の若い女性と付き合っていることを知ったとしても、悔しい思いはするけれども、人を殺すことはありえないと考えました。

実際にOさんに会ってみると、とても小柄な女性で、大柄な被害者を窒息死させるだけの力はないと確信しました。また被害者のロッカーにあったジャンパーの胸ポケットから、携帯電話が発見されたことにも違和感を覚えました。普通、女性は胸ポケットに携帯電話を入れませんから。

さらに遺体の陰部が激しく燃えている状況からみても、性犯罪である可能性が高く、それも複数の男性による犯行だと考えました。警察は当初から同じ会社の社員を疑っていたのですが、社内にはアリバイのない男性社員が数人いました。その男性は、供述をころころ変えるなど、不審な点があったのに、警察はその社員への追及はせず最初からOさんありきだったのです。

数々の消極的な証拠をきちんと判断すれば、Oさんの犯行ではないことが分かったはずなのに、検察は思い込み捜査に加え、重要ないくつかの証拠を隠して、彼女を犯人に仕立て上げたと私たちは考えています」

●裁判は最初から「推定有罪」だった

――『疑わしきは被告人の利益に』のはずですが。

「刑事裁判では、検察官が被告人の有罪を証明できなければ有罪にできない『推定無罪』の原則があります。ところが、この裁判は徹頭徹尾『推定有罪』でした。確定審では一審、二審ともに『検察のストーリーの可能性を判断し、それもありうる』いう判断に終始して有罪としました。そのため、再審請求では審理対象を科学的なデータで無罪を証明する必要があったのです」

しかし、第一次再審請求の札幌地裁は、再審請求を退けた。

その理由は「殺害後の、犯人が所持したであろう被害者の携帯電話とO受刑者(請求人)の大まかな足取りが一致すること。事件直前に受刑者が購入した灯油10リットルが発見されておらず弁明も不自然。被害者への幾多の無言電話から殺害動機がうかがえること」などから殺害動機があるとし、「これらの間接事実が偶然に重なるとは考えにくい。犯人であるとの推認の程度は高度なものがある」としたのだ。

即時抗告した札幌高裁でも同じ判断になった。

●再審請求で3つの科学的新証拠

――今回の第二次再審請求では、確定判決や第一次再審請求の決定が科学的に誤りであると、3つの科学的新証拠を提示しました。

「弁護団は今回、(1)被害者の死因は窒息死ではない (2)死体の燃焼方法の鑑定に誤りがある (3)死体はうつぶせとあおむけで二度焼かれた、の3点を科学的な証拠として提示しました。

まず1点目は、被害者の死因は窒息死ではないことを示す新証拠を提出しました。

検察は、被害者の死因を頸部圧迫による窒息死としする、被害者の首を絞めて殺したとしました。しかし弁護団の法医学者は、『鑑定書に頸部圧迫の所見がなく、他の死因についての除外判断もなされず、性犯罪がらみの薬物投与による急死の疑いがある』と指摘しました。

薬物による急死であれば、小柄なOさんが被害者を一人で絞殺し、車外に運び出すことは不可能である私たちの主張に何ら矛盾はなくなったのです」

――確定した判決では、O受刑者が購入した灯油で、あおむけの死体を燃やしたとされましたが。

「燃焼工学の鑑定によれば、後頭部の損傷がひどいことから、当初はうつぶせで焼かれ、その後反転させてあおむけからも焼かれたとされました。2度にわたって焼いたとなると時間もかかり、ガソリンスタンドに寄ったOさんのアリバイが成立することになります」

いずれにしても、事故直後に解剖医がもっとしっかりした鑑定をしていれば、違う結果になっていた可能性が高い。

●日弁連の決定、「うまくいくかもしれない」と期待

――昨年10月、日本弁護士連合会は、O受刑者について再審請求支援を決定しました。日弁連の人権擁護委員会は本件が冤罪である可能性が十分認められると判断したわけですが。

「これまで手弁当で弁護をやってきましたので、この決定は本当にありがたかったです。弁護団独自の調査の実験費用、専門家への謝礼、自費やカンパで賄ってきました。Oさんは再審請求に当たって『弁護団のみなさんに迷惑をかけたくないので、自分さえ我慢すればいい』と及び腰でした。本当に生真面目な子なのです。

日弁連の支援がついたことを話すと、本当に喜んでいて、今回の再審請求にも前向きに考えられるようになってきたようで、『今度こそうまくいくかもしれない』と期待しています」

●「科学的真実にのっとった裁判を」

――今回の手応えは、どうでしょうか。

「科学的な新証拠がしっかりしているので、今回こそは再審を勝ち取れると思っています。『無罪なのに閉じ込められた私の18年を返してほしい』というOさんの訴えは本当に身に沁みます。科学的真実にのっとった裁判をしてほしいです」

再審開始になれば、刑の執行停止と即時釈放も考えられる。

再審請求は、開かずの扉と言われてきた。しかし、誰もが当事者になりうる社会。適正な司法の判断で、18年間一貫して無罪を訴えているO受刑者のためにも、われわれのためにも、扉を開けてほしいと思っている。

【取材協力弁護士】

伊東秀子(いとう・ひでこ)弁護士

東京大学卒業後、東京家庭裁判所調査官を経て、弁護士登録。衆議院議員を2期務め、弁護士再開。刑事事件のほか、医療過誤、行政・労災事件等の民事裁判も。著書『恵庭OL殺人事件こうして「犯人」は作られた」など。

【著者プロフィール】

樋田敦子(ひだ・あつこ)ルポライター。東京生まれ。明治大学法学部卒業後、新聞記者を経て独立。フリーランスとして女性や子どもたちの問題をテーマに取材、執筆を続けてきた。著書に「女性と子どもの貧困」(大和書房)、「僕らの大きな夢の絵本」(竹書房)など多数。

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