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島根女子大生殺害、殺人容疑で書類送検された死亡男性…その後どうなる?
はたして事件はこれで解決ということなのか?

島根女子大生殺害、殺人容疑で書類送検された死亡男性…その後どうなる?

島根県立大の女子学生が2009年、広島県の山中でバラバラ遺体となって見つかった事件で、島根・広島の両県警は12月20日、すでに死亡している島根県益田市の男性(当時33歳)を殺人と死体損壊・遺棄の容疑で松江地検に書類送検した。

報道によると、今年に入って、過去の性犯罪歴から男性が浮上。警察が男性の関係先を調べたところ、男性の自宅で撮影されたとみられる女子学生の死亡後の画像が見つかったという。

男性は、遺体の発見直後、中国自動車道で自損事故を起こし、交通事故死している。ネットでは、凶器が見つかっていなかったり、当時の自宅に血痕がなかったりすることから、「死人に口なし」「冤罪の可能性はないのか」との意見も目にする。

「被疑者死亡」で書類送検された場合、その後どうなるのか。これで事件は解決と言えるのだろうか。川口直也弁護士に聞いた。

●検察官が「捜査の適切さ」をチェック

ーー送検後、起訴されることはある?

裁判では、死者に有罪・無罪の判決を下すことはありません。裁判の途中で被告人が死亡した場合、「公訴棄却」として裁判を打ち切ることが、刑事訴訟法で決まっています。つまり、被疑者が死亡している場合、必ず不起訴となります。なので、起訴されることはありません。

ーーではなぜ、送検するのか?

警察には最終的に事件を処理する権限がないからです。刑事訴訟法も、警察が犯罪捜査を終了したときは、原則として容疑者の身柄や事件の書類を検察に送ると定めています。被疑者が死亡しているからといって、警察が勝手に判断できないということです。

ーー必ず不起訴になるなら、書類を送られた検察は何をする?

検察官は「公益の代表者」として、事件の捜査が適切に行われたかどうかを、監督する権限があります。被疑者が死亡してしまった場合でも、捜査がうやむやに終結し、不適切な処理が行われたりすることがないよう、最終的にチェックする役割を果たしているのです。

ーー証拠の捏造がないかもチェックされるということ?

証拠がねつ造されるような事態は、決してあってはならないことですが、被疑者が死亡してしまっている以上、証拠が適法に収集されたものなのかを刑事裁判で事後的に検証することはできません。そういう意味でも、公益の代表者である検察官が、証拠の評価だけでなく、その収集過程を検証する必要性は高いといえます。

――もし不適正な処理があったら?

検察官が補充捜査の必要があると判断すれば、警察を指揮して、捜査の補助をさせます。仮に、不適切な処理があれば、補充捜査の過程で明らかになるものと思われます。

検察庁が不起訴の判断をした後に、ご遺族から捜査記録の閲覧の請求がなされれば、一定の範囲で閲覧が認められることになるだろうと思います。

不起訴となった事件の捜査記録は、原則として開示されないのですが、被疑者が死亡して刑事処分を受けることがなくなっても、被害者やその遺族には真実を知りたいという強い思いがあるはずで、これに応えることも「公益」の一部であると言えるでしょう。

また、他人の生命、身体、財産を侵害したことに基づく民事上の損害賠償義務は、被疑者の相続人に引き継がれます。しかし、被害者ないしはその遺族が損害賠償請求訴訟を起こしても、不起訴となったために警察が収集した一切の証拠が開示されないというのでは、被害の救済が果たされません。

そこで、近年、法務省からの通達により、不起訴となった事件の捜査記録についても、損害賠償請求訴訟が継続している裁判所から要請があった場合のほか、殺人罪等の「故意の犯罪行為により人を死傷させた罪」については、被害者やその遺族、及びそれらの方からの依頼を受けた弁護士に対して、関係者のプライバシーに配慮しつつ、不起訴記録の閲覧が認められる扱いとなっています。

ーーこれで事件は解決と言える?

検察庁の不起訴の判断をもって、犯罪の捜査は終了します。刑事裁判において有罪であると認定するには、「合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証」が必要です。しかし、被疑者が死亡して刑事裁判が行われないため、被疑者・被告人の弁明を聴くことも、捜査機関が収集した証拠を検証する機会も与えられません。

果たして、当該被疑者が、捜査機関が収集した証拠でもって、合理的な疑いを差し挟む余地がなく有罪であると結論付けられるのかは、定かではありません。その意味で、「えん罪」の可能性は払拭できません。

今後、被害者のご遺族から被疑者の相続人に対して、損害賠償請求訴訟が提起されることとなれば、前記のように、捜査記録の開示がなされ、裁判所がこれに基づいて、被疑者が真に犯人であったと認めうるのかについて判断が示されることになります。ただ、被疑者の相続人が全員、相続を放棄すれば、このような訴訟が提起される可能性はなくなってしまうので、被疑者が真に犯人であったか否かを司法が検証する機会は失われてしまうこととなります。

ーー今回の書類送検が持つ意味は?

「公益」という言葉にはさまざまな意味がありますが、ここでは、法律の執行が適正に行われていることに対する信頼を確保するという要請があります。被疑者が死亡したからといって、真実の発見をないがしろにしたまま捜査が終結してしまえば、法律の執行に対する信頼を保つことができなくなります。

他方、初動捜査が後手に回ったのではないかとか、死亡した被疑者の存在が浮上するまでなぜ7年もかかったのかという疑問は、現時点では解明されていません。これらの点も含めた捜査態勢について、事後的に検証する必要があるかも知れません。観点は若干異なりますが、2016年5月に東京都小金井市で発生した女子大生ストーカー刺傷事件では、警視庁が事件発生までの対応を事後的に検証し、公表しています。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

川口 直也
川口 直也(かわぐち なおや)弁護士 川口法律事務所
1965年 和歌山県生まれ。1990年3月 京都大学法学部卒業。1992年4月 弁護士登録。京都弁護士会 2008年度副会長 現・弁護士偏在問題対策委員会委員長

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