東京都内の法律事務所に勤務していた妻の同僚弁護士を殴ったうえ、その局部を切断したとして、傷害などの罪に問われている元プロボクサーの小番一騎被告人の初公判が10月28日、東京地裁で開かれた。しかし、予定されていた検察の「冒頭陳述」が延期される異例の事態となった。
報道によると、事前に冒頭陳述の書面を受け取った弁護側から、「事件と関連が薄いはずの被告人の妻と被害者のメールの内容が多すぎる」と抗議が出た。そして、東京地裁の安東章裁判官が「内容が詳細すぎるなど、審理の冒頭で述べるには妥当ではない」という判断を示して、検察側の陳述が延期となったという。
検察が予定していた「冒頭陳述」とは、本来どのようなことを説明するものなのだろうか。また、延期になったことにはどんな意味があるのだろうか。元裁判官の田沢剛弁護士に聞いた。
●冒頭陳述は「検察官の主張をまとめたもの」
「まず、刑事裁判の『初公判』の流れについて説明しましょう」
田沢弁護士はこう切り出した。初公判はどのような手順で進むのだろうか。
「最初の手続(冒頭手続)として、裁判長がまず、法廷に被告人として出頭した人物が起訴された本人であることを確認します。
そして、検察官に起訴状を朗読させて、被告人が起訴事実を認めるか否かの『罪状認否』が行われます。
その後、検察官により犯罪事実などの立証がなされます。刑事訴訟法は『証拠調べのはじめに、検察官は、証拠により証明すべき事実を明らかにしなければならない』(同法296条)と定めています。これを『冒頭陳述』といいます。
冒頭陳述は、事案の全容を明らかにして、審理の対象を明確にし、立証方針の大綱を示すという意味で、『検察官の主張をまとめたもの』ということができます。
裁判所に対しては、証拠調べに関する訴訟指揮を適切にするための材料を提供するものとなりますし、被告人に対しては、防御の範囲を知らせる役割を果たすものということになります」
●冒頭陳述が記載された書面に「不相当な部分」が含まれていた
今回のように冒頭陳述を「延期」することは、どういう意味があるのだろうか。
「冒頭陳述について定めた刑事訴訟法296条には、次のようなことも記されています。
『但し、証拠とすることができず、又は証拠としてその取調を請求する意思のない資料に基いて、裁判所に事件について偏見又は予断を生ぜしめる虞(おそれ)のある事項を述べることはできない』
つまり、裁判所の判断が偏見や予断に基づいたものとならないように、配慮しているのです。
検察官の冒頭陳述は、基本的に書面に基づいてなされます。裁判所に事件についての偏見や予断を生じさせるおそれのある内容が記載されている場合には、検察官にそれを述べさせたり、その書面が裁判記録に残ることは不相当ということになります」
今回のケースについては、どういう判断があったと考えられるのだろうか。
「裁判長が、検察官による冒頭陳述を延期させたということは、冒頭陳述が記載された書面に、さきほど述べたような『不相当な部分』が含まれていたのではないかと考えられます。
しかも、その場での修正が容易ではないため、改めて後日に行わせることが、公正な裁判所であるとの信頼を得るために必要だと判断したのでしょう」
田沢弁護士はこのように話していた。