埼玉県のJR桶川駅前で猪野詩織さん(当時21歳)が刺殺された「桶川ストーカー殺人事件」から、10月26日で27年がたった。
ストーカー規制法制定のきっかけとなった一方、警察の捜査怠慢や記録の改ざん、被害者の人格を傷つける報道など、多くの課題を残した事件だ。
詩織さんの両親、憲一さんと京子さんは、長年にわたり埼玉県警やマスコミと闘ってきた。「娘は3度殺された」。加害者だけでなく、娘を守らなかった警察、死後も娘を傷つけたメディアに対して、そんな思いを抱いていた。
しかし今、夫妻は警察学校や報道機関の研修に足を運び、若い警察官や記者たちに事件の教訓を伝えている。
かつては足を踏み入れることさえためらった場所だ。それでも真剣に耳を傾け、涙を流す若者たちと接するうちに変化が表れたという。
「相手も人間。少しずつ変わってきていると感じた」
事件から27年。東京都内で10月24日に開かれたシンポジウムで、夫妻は、怒りや葛藤を抱えながらも対立から対話へと歩みを進めてきた思いを語った。
●「埼玉県警みたいになったらアカン」
「最初は警察に行くのも嫌でした。でも、話してみたら警察官も人間だと思った。市民を助けるという責務を持った人たち。だからこそ、若い警察官たちにエールを送っていこうと決めました」
父の憲一さんは、約10年前、初めて京都府の警察学校で講演したときのことを振り返った。
目の前には、真剣な表情で話を聞き、涙を浮かべる若い警察官たちがいた。その姿が、憲一さんの心を動かした。
以降、ほかの県警からも講演に招かれるようになり、警察以外も含めて講演回数は146回にのぼる。
京都府警での最初の講演を実現させたのが、当時、人身安全対策を担当していた西田勝志さんだった。
身内の不祥事を扱うことに後ろ向きな幹部もいたという。しかし、西田さんは、ストーカー対策に携わる警察官だからこそ、桶川事件の教訓を学ぶことが重要だと考えた。
「悪い見本は『こんなふうになったらアカン』と心に叩き込まれる」
そう訴えて幹部を説得し、講演を実現させた。
憲一さんは今も、講演の最後に必ず若い警察官たちに問いかける。
「『あなたたちが市民を守ってくれますね?』と聞くと、彼らが『私が守ります』と答えてくれる。その声を聞けることが、何よりうれしい」
75歳を超えた今も、講演のために全国各地を飛び回っている。
●報道被害は27年たっても消えない
夫妻が向き合ってきたのは、警察だけではない。かつて娘や家族を傷つけたメディアの研修にも足を運ぶようになった。
その一つが日本テレビだ。桶川ストーカー事件で独自取材を重ね、警察の捜査怠慢や事件の真相を明らかにしたジャーナリスト、清水潔さんがその後に入社したテレビ局でもある。
母の京子さんは、事件当時のワイドショー報道を今も忘れられない。
レポーターによる執拗な取材や、コメンテーターによる詩織さんの人格を否定するような発言。テレビに対しては、恨みに近い感情を抱えていたという。
「まだ9歳だった次男にも声をかけてきた。『お姉ちゃんはどんな人だったの』と。今でも怒りが収まりません。でも、講演で泣いてくれる記者の人もいたし、少しずつ変わってくれたらいいなとは思います」
憲一さんも、報道被害への複雑な思いを抱えたままだ。
シンポジウムの質疑応答で「一番傷ついたこと」を問われると、「詩織のデマを流されたこと」と答えた。
事件当時、詩織さんの私生活に関する情報が警察側から流れ、新聞やテレビで報じられた。事件の本質とは関係のない情報が広がり、被害者である詩織さん自身に問題があったかのような印象を与えた。
「『殺されても当たり前』と多くの人に思わせたこと、『ブランド好き』などと事実のように拡散されたこと。それが一番悔しい」
いったん広まったイメージは、簡単には消えない。
「何年たっても変わりません。いくら、いろんな講演で話しても、最初のイメージがすべて消えるわけじゃない。腹立たしいし悔しくて仕方ありません」
京都府警でストーカー対策を率いた西田勝志氏(2026年10月24日/専修大神田キャンパス/弁護士ドットコム撮影)
●「加害者を立ち直らせることが抑止力」
桶川事件の教訓は、実際のストーカー対策にも生かされてきた。
元京都府警の西田さんは、遺族の講演を企画したほか、ストーカー対策の強化にも取り組んできた。
その一つが、交番などの窓口対応を確認する「抜き打ち訓練(ブラインド訓練)」だ。ストーカー被害の相談を受けた際、担当者任せにせず、組織全体で対応できる体制づくりを目指した。
2017年には、24時間対応の「ストーカー相談支援センター」を開設。さらに加害者が5回まで無料でカウンセリングを受けられる公費負担の仕組みも導入した。
「執着心の強い加害者は、単に警告を出したり逮捕したりするだけでは止められない。精神医療やカウンセリングによって加害者を立ち直らせることこそが、結果として被害者の命を守る最大の抑止力になるんです」
●「一番大事なことは、人として寄り添うということ」
一方、メディアの側でも、事件を教訓にした取り組みが進められてきた。
日本テレビでは、清水さんが中心となって記者向けのマニュアルを作成するなど、報道被害を防ぐための取り組みを進めてきたという。
ただ、取材の現場で何より大切なのは、被害者も一人の人間であることを忘れない姿勢だ。清水さんは、若い記者たちにこう呼びかけた。
「報道の目的は、公共性・公益性のため。大切な情報を伝えようとすると、プライバシーに踏み込むこともある。ただ、被害者も含めて国民です。一番大事なことは、人として寄り添うということ。傷ついた人を守るという気持ちだけは忘れないで取材に当たってほしい」
桶川事件から27年。ストーカー規制法は改正を重ね、警察の対応やメディアの取材姿勢も変化してきた。それでも深刻なストーカー事件は後を絶たず、報道によって被害者や遺族が傷つく問題もなくなってはいない。
警察にもメディアにも、今なお消えない怒りを抱きながら、次の世代に語り続ける猪野さん夫妻。「娘は3度殺された」。悲劇を二度と繰り返さないために、夫妻が伝え続ける教訓は、今なお重い意味を持っている。