福岡市博多区で7月26日深夜、路上で寝ていた男性がタクシーにはねられ、死亡する事故が起きたことが報じられました。
報道によると、事故が起きたのは7月26日の午後11時ごろ、福岡市博多区店屋町の路上だそうです。飲食店やマンションが立ち並ぶ通りで、はねられた男性(39)は道路の中央付近に寝ていたとみられています。運転手(73)は「気づかなかった」と話してしているそうです。
ネット上では「人が寝ているという想定で運転する人なんていない」「運転手さんもかなりお気の毒だと思う」などのコメントが寄せられていました。こうした状況でも、運転手が法的責任を負うことになるのでしょうか。解説します。
●「気づかなかった」から刑事責任を負わないといえるのか?
人をひいて死亡させた場合、まず問題になるのは過失運転致死罪です(自動車運転死傷行為処罰法5条、7年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金)。
成立するには「自動車の運転上必要な注意を怠り」といえることが必要です。
この「注意を怠る」ことを過失といいますが、過失が認められるには、事故を予測できたか(予見可能性)、避けられたか(結果回避可能性)が問題となります。
●「道路で寝ていた」事情により、犯罪が成立しない可能性もある
「道路で寝ていた」という事実は、「予見可能性」「結果回避可能性」との関係では、以下のような意味を持つと考えられます。
1)予見可能性について
道路の中央付近に人が寝ている事態は、通常は想定外でしょう。そこで、このような事情は、事故の「予見可能性がなかった」という認定を支える意味を持ちます。
もちろん、この事情だけで予見可能性がなかったと認定されるわけではない点には注意が必要です。
2)結果回避可能性について
仮に運転手が、路上に人が寝ていることに気づけたとしても、その段階で避けようがない場合には、結果回避可能性が否定され、過失は認められません。
実際、夜間に路上で倒れていた人や寝ていた人をひいた事案で、運転手を無罪とした裁判例もあります(大阪地判令和4年(2022年)3月25日など)。
●本件では?
今回の事故は午後11時ごろ、飲食店などが立ち並ぶ通りで起きたと報じられています。
具体的にどの程度の明るさだったのでしょうか。たとえば、人が寝ているのが視認できないほどの暗さであれば、予見可能性が否定されたり、視認した段階での結果回避可能性が否定される可能性があります。
また、飲食店が建ち並んでいたということで、酔っ払いなどが寝ていることが容易に想定できるような場所だったといえれば、予見可能性が認定されやすくなるといえるでしょう。
警察がドライブレコーダーと防犯カメラの映像を確認しているとのことですが、上のような検討にとって重要な証拠となるでしょう。
●量刑にも影響する可能性
仮に過失が認められ、犯罪が成立するとされた場合でも、被害者側の落ち度は刑の重さを考えるうえで考慮されます。 寝ていた人に落ち度があるからといって、それだけで運転手が免責されるわけではありません。ただ、道路の中央付近で寝ていたという事実は、運転手の側に有利に働くといえます。
●路上で寝るのを禁じる法律は「もうある」
「路上で寝る行為を法律で禁止すべきだ」という声もあります。ただ、こうした行為はすでに禁止されています。
「道路において、交通の妨害となるような方法で寝そべり、すわり…ていること」は禁止されており、違反すると5万円以下の罰金です(道路交通法76条4項2号、120条1項10号)。酒に酔って道路で交通の妨害となるような程度にふらつくことも禁じられています(同法76条4項1号)。
「路上で寝るのが違法なのに、なぜ運転手が処罰されるのか」。そう考えるのは自然なことだと思います。
ただ、裁判所が見ているのは「どちらがルールを破ったか」とか、「どちらがより悪いか」ではありません。
あくまでも、今回のケースでは、路上で寝ていた人をはねてしまった運転手の行為が、過失運転致死罪の要件にあてはまるかが検討されます。
●「信頼の原則」の適用は難しい
なお、交通事故には「信頼の原則」という考え方もあります。ほかの人も交通ルールを守ると信頼して運転した場合には、事故を起こしても過失が否定される、というものです。
ただ、これが使える場面は限られています。その場の交通状況からみて、そう信じるのが相当とはいえないときには、適用されないとされています(最決昭和45年(1970年)7月28日)。
路上で寝ていた人の事案でも、この考え方が決め手になっているわけではありません。裁判所は、人だと分かったか、避けられたか、という具体的な検討で結論を出しています。
小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)