深夜11時ごろ、マンション8階のベランダから食器や花瓶、ペットボトル、さらにはスマートフォンまで次々と投げ落とされた──。
静かな住宅街に響いた衝突音。落下物は駐車場の車5台を壊し、被害額は300万円近くにのぼった。もし人に直撃していれば、命に関わる重大事故になっていてもおかしくなかった。
大阪地裁は6月18日、器物損壊の罪で起訴された60代男性の初公判を開き、検察官は拘禁刑2年を求刑して結審した。
法廷では「仕事が見つからず、むしゃくしゃしていた」という犯行の経緯が語られる一方、被害弁償は進んでおらず、生活苦や飲酒との向き合い方にも注目が集まった。(裁判ライター・普通)
●フロントガラスを損壊した危険な行為
被告人は60代の男性。身柄を拘束されたまま法廷に入った。年齢相応の外見だったが、整った短髪でしっかりした目つきに感じ取れた。
起訴状によると、被告人は自宅マンション8階のベランダから、マンション駐車場に向けて食器や花瓶などを投げ落とし、駐車されていた車5台のフロントガラスなどを破損させた。被害総額は約292万円にのぼる。
被告人は起訴内容を認めた。
検察官の冒頭陳述などによると、被告人は単身で暮らし、年金と生活保護を受給して生活していた。
事件当日は酒を飲みながらパソコンで仕事を探していたが、希望する条件の求人が見つからず、むしゃくしゃした結果、犯行に及んだという。
現場には食器や花瓶などの陶器の破片のほか、水の入ったペットボトルやスマートフォンなどが散乱していた。
捜査機関では、「夜遅かったので、人はいないと思った」などと供述。落下地点を確認することなく物を投げたという。
しかし、事件が起きたのは午後11時ごろ。人が通っていても不思議ではない時間帯だった。実際に車はボコボコになっており、もし人に直撃していれば重大な結果を招いていた可能性は高い。
●就労意欲と社会貢献を何度も口にする被告人
弁護人による被告人質問では、事件当時の生活状況が明らかになった。
高校卒業後はドライバーを中心に働き続けてきたが、数年前、介護の仕事で腰を痛めてからは就労を制限せざるを得なくなった。最後の職場も約2カ月で退職したという。
その後も職探しを続けたが、年齢や腰痛の影響もあり、希望する条件の仕事は見つからなかった。生活保護の就労支援担当者からも、腰痛を理由に積極的な職業紹介は受けられなかったという。
法廷で、被告人は「働いて社会に貢献したい」という言葉を何度も口にした。就労への意欲は強く感じられた。
一方で、約300万円に及ぶ被害への弁償は進んでいない。被告人は「払いたい思いはあるが、社会に貢献したうえで支払っていきたい」と述べたが、具体的な見通しは示されなかった。
●所持金が少ない中、毎日の飲酒はやめられず
事件当時の所持金は5000円程度だったという。家賃などを支払うための借金も抱えており、仕事が見つからない焦りから衝動的に犯行に及んだと説明した。
一方で、当時は酒を飲んでおり、「記憶が曖昧だ」とも述べた。
被告人は350ml缶を毎日のように6〜7本飲んでいたという。
捜査段階の供述調書には「酒を飲むと大声を出す、物を投げたりするが、酒はやめられない」との内容が記載されている。しかし、公判ではその供述を否定し、「アルコールと事件は関係ない」と主張。一方で、「社会貢献のために酒はやめる」とも述べた。
飲酒と事件との関係については、供述に一貫しない部分もうかがえた。
●60代の被告人に降りかかるこれまでとは違う社会生活
検察官は論告で、現場に散乱した陶器の破片などから犯行の危険性は極めて高く、動機も身勝手で短絡的だとして、拘禁刑2年を求刑した。
これに対して、弁護人は借金がある中で、仕事が見つからない焦りに加え、本人に責任のない腰痛が背景にあったと指摘。高校卒業後から60代まで継続して働いてきた実績を踏まえ、社会適合的な生活が可能であるとして寛大な判決を求めた。
被告人には働く意欲がうかがえた。弁償弁償を進めるためにも、就労できる環境を整えることは重要だろう。
一方で、高齢化や腰痛、生活苦といった問題を抱える中で、再犯を防ぐには就労支援だけでは十分とは言えない。生活全般を支える支援体制と、それを受け入れる本人自身の意識の変化も欠かせない。
そんな課題を考えさせられる公判だった。