10月のある日、記者の携帯電話に突然、見知らぬ番号から電話がかかってきました。番号の末尾は「110」です。
かつて大手新聞社で、某県の警察担当だったときは、毎日、県内の警察署に電話をかけまくる生活を送っていました。
その習慣から、パブロフの犬のように「110」に反応してしまい、疑うことなく電話に出てしまいました。
「警視庁捜査2課のキダといいます」
電話口の男性は、ベテラン声優のような落ち着いた声で名乗りました。しかし、この"警察官"を名乗る人物は、思いもよらぬことを言い出したのです──。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
●「M資金」詐欺に巻き込まれそうになった父
警視庁捜査2課といえば、詐欺や贈収賄など「知能犯事件」を扱う部署。瞬時に「何かの詐欺事件に巻き込まれたのか」と思いました。
実は、プライベートで捜査2課の電話を受けたことがあるのです。大学生のころ、刑事から「私の父と親交のあった投資家が詐欺師だった」と知らされました。
その投資家は自宅にも来たことがありました。古びた封筒をテーブルの上に出し、父に見せていたのを覚えています。
当時、家族は「あの人はとんでもないお金持ちで、GHQが日本から接収した資金を隠して持っているらしい」と話しており、私は「徳川埋蔵金みたいな話だな」と半信半疑でした。
そこへ、警視庁捜査2課から電話がかかってきたのです。「そちらに何か被害はなかったでしょうか」と確認するのが目的でした。幸い家族に被害が出る前に詐欺師とわかり、安心しました。
のちに、これは「M資金詐欺」と呼ばれる古典的な手口だと知りました。GHQのマッカーサー元帥の頭文字から名付けられたもので、経営者らを狙い、言葉巧みに金を引き出します。戦後から現在まで、途絶えることのない伝統的詐欺です。
「世の中そう甘い話はない」というのが、家訓として刻まれています。
●なぜか岩手県警に出頭を求められる
そんな経験もあり、私は「また詐欺被害なのかな」と思いました。電話の"キダ刑事"はこう続けます。
「このたびですね、岩手県警から協力要請を受けて、ご連絡しています。今、岩手県で起きている事件について、直接事実確認のお話を取りたいということでしたので、捜査本部にある岩手県警に出向いていただけますか?」
岩手県はここ数年、足を踏み入れていませんが、念のため、尋ねました。
「事件の所轄(担当の警察署)はどこでしょうか?」
一瞬、迷うような「間」を置いて"キダ刑事"が答えます。
「本部のほうに行っていただきたいのですが」
「県警本部の捜査2課ということでしょうか?」
「そうです。県警捜査2課から捜査協力要請を受けて連絡をとっています」
なぜ、警視庁が地方の県警に出頭するように電話をかけてくるのか──。この時点で不信感が一気に膨らみました。
●突然、圧をかけてくる「キダ刑事」
そうなると、気になるのが"キダ刑事"の狙いです。大事なことを聞くのを忘れていました。
「あ、何の事件でしょうか?」
「何の事件って、岩手の事件と聞いて、心当たりは何もないですかね?」
それまでの丁寧な口調から一転、待っていたと言わんばかりに、突然強気に出てくる"キダ刑事"。あとで「流れ的に所轄ではなく、先にこちらを聞くべきでしたね」と反省しました。
「私のほうが聞いているのですが?」
こちらも負けじと応じます。"キダ刑事"もたたみかけます。
「お名前が挙がっていると報告を受けているので、こちらも連絡をしています」
何の事件かわからないが、私の名前が挙げられている。はっきりとは言わないが、どうも事件の被害者ではなく、容疑者として疑われていることを"キダ刑事"はにおわせてきました。
本物の警視庁(K@zuTa / PIXTA)
●「令状はありますか?」と聞いてみたら…
しかし、事実確認をしたいのは、こちらです。さらに尋ねました。
「あの、何か、令状は出てるのでしょうか?」
捜査機関からの「出頭要請」は原則「任意」です。しかし、「逮捕状」など裁判所が発した「令状」がある場合、話は違ってきます。一市民として捜査に協力しなければなりません。
真摯な思いから出た質問に対し、"キダ刑事"はさらに圧をかけてきました。
「もちろん、協力いただけないのであれば、令状を行使すると聞いています」
つまり、現時点でまだ令状が出ていない。ほっとした私は思わず言ってしまいました。
「じゃあ、令状が出たら教えてください!」
──ブツッ!!!
●警察署に通報「典型的な詐欺ですね」
あれだけ真剣な話をしていた"キダ刑事"は、そこで突然、電話を切ってしまいました。
こちらから電話をかけ直して、もっと事件について詳しく聞きたいと思いましたが、発信元の電話番号が海外のものだったので、電話料金が怖くて断念しました。
会話はもちろん録音してあります。ただちに事件化はしないかもしれませんが、別の事件から余罪に発展することもあるだろうと思い、すぐに最寄りの警察署(こちらは本物です)に電話しました。
事情をすべて伝えると、対応した警察官は「典型的な詐欺ですね」と即答しました。
いわゆる「オレオレ詐欺」の対策によって詐欺が成功しないケースが増え、詐欺グループは最近、警察官を装う手口にシフトしているといいます。
遠方の警察に出向くよう電話で伝え「忙しいから難しい」と断ると、「あなたは容疑者の一人で、LINEで取り調べをする」と言って、LINEのIDを聞き出すそうです。詐欺師の目的は金をだまし取ることですので、LINEでは言葉巧みです。
たとえば、「マネーロンダリング事件の捜査なので、あなたの口座のお金を調べないといけないので、お金を振り込んでください。振り込まないと逮捕されます」と言ってくるそうです。
●警察官をかたる詐欺は特殊詐欺の4割近くに
警察官をかたる詐欺は、ロマンス詐欺やSNS型投資詐欺などと共に、「特殊詐欺」と呼ばれ、横行しています。
警察庁が10月2日に公表した統計によると、今年1月から8月末までの認知件数・被害額は前年同期比で大幅増加しています。すでに認知件数は1万7662件(前年同期比5255件増)、被害額は831億4000万円にのぼりました。
特に「警察官をかたる詐欺の被害」が顕著で、認知件数は6577件と、全体の37.2%を占めています。
こうしたことから、警察庁ではインターネット上に「特殊詐欺対策ページ」( https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/sos47/circumstances/)を開設し、詐欺の手口や対策、相談窓口を公開しています。不安になったらすぐに相談してみてください。
この記事を書くにあたり調べたところ、警察取材慣れしたマスメディアの記者たちにも、「警視庁捜査2課のヤマモトさん」や「警視庁捜査2課のヒノさん」、「警視庁捜査2課のマツオカさん」たちが電話をかけていたようです。
いずれも、すぐに見抜かれてしっかりと記事としてその手口が公開されています。同業者として、彼らの記事を読むと「詐欺電話の巧妙さ」がよくわかります。あなたの電話にも、もしかしたら、別の"捜査2課"がかけてくるかもしれません。