詐欺罪などに問われた20代男性の初公判が5月9日、静岡地裁であった。起訴状によると、被告人は特殊詐欺の振込先として使用する目的で、計6つの銀行口座を開設し、第三者に譲渡したとされる。
近年、役割ごとに細分化が進む特殊詐欺において、口座の開設と譲渡は、末端ながら不可欠なものである。そして驚くべきことに、この犯行に関与していた被告人は当時、静岡県警の現役警察官だったのだ。
捜査機関に対する信頼を大きく揺るがしかねない事件であるにもかかわらず、被告人が法廷で語った動機は、あまりに稚拙なものだった。(裁判ライター・普通)
●わずか1カ月のうちに繰り返された犯行
被告人はスーツ姿で出廷した。細身でありながら肩幅がしっかりとし、顔つきの精悍さからも警察官だったことを十分に想起させる。事件をきっかけに懲戒免職となり、裁判時点では無職となっていた。
起訴状によると、被告人は共犯者(A)と共謀して、わずか1カ月もの間に5つの銀行の口座を第三者に利用させる目的で開設したほか、自身の銀行口座1つについても暗証番号を教えることで、特殊詐欺の振込先として使用可能とした疑い。
起訴内容について、被告人は法廷で「間違っているところはないです」と答えた。
●投資に失敗して借金を背負った
検察官の冒頭陳述などによると、被告人は高校卒業後、警察官となった。
事件の約3年前、情報商材にくわしい人物として共犯者となるAの紹介を受けて、投資などをおこなうようになる。その結果、借金を背負うことになる。
しかし、Aもまた借金を背負っていた。Aに誘われて、指示を受ける形で先述の犯行をおこなった。Aは別の違法薬物の嫌疑も含めて裁判を受けている。
詐欺グループに譲渡された口座には、実際に詐欺被害で振り込まれた履歴が複数残されていた。
●「警察官でありながら」と厳しく責める父
弁護側の情状証人として、被告人の父親が証言台に立った。
冒頭に「息子がしたことが、県民に不安を与え大変申し訳なく思っています」と深く詫びた。普通の会社員でありながら、県民への不安にまで詫びた父の言葉を被告人はどのように聞いていたか。
事件当時、被告人は実家とは離れて生活していたが、2カ月に1度ほどは帰ってきたという。しかし、そのときの様子は、瘦せており、病気を疑うような雰囲気であったという。
弁護人:あなたは被告人に声をかけなかったのですか。
父親:「何か困ったことはある?」と聞いても「大丈夫」と。
弁護人:しかし後日はどうなりました?
父親:息子から「相談がある」「たくさんの金を使ってしまった」と。
弁護人:具体的に何に使ったと。
父親:最初は買い物と言ってましたが、後日問いただしたら投資だと。
父親は金銭の相談は聞いたものの、それでも犯罪に関わっているとは一切疑わなかった。その理由として「仕事柄わかっているはず」と答えた。
弁護人:今回の事件の原因は何だと思っていますか。
父親:投資自体は悪くないが、勉強もしていないのに口車に乗って調子に乗り、途中で気付けたはずなのに戒めもせず、警察官でありながら愚かな人間です。
父親の証言は緊張で詰まりながらも、思いが強く伝わってくるものだった。父親としても今回の事態を事前に把握できなかったことに後悔があるため、今後は被告人と実家で生活しながら、交友関係の確認も含め、厳しく監督していくことを誓った。
●犯罪になる認識を持っていたが・・・
弁護側の被告人質問で、カードを不正作成した各金融機関、振込をおこなった被害者、信用失墜につながった警察組織に対して、それぞれ謝罪の言葉を述べた。
Aのことは、投資にくわしい人物として紹介を受けて、400万円以上の運用を委ねた。しかし、一度も運用益を得たことはなかった。
それでも、マイナスを取り返したい思いで、Aとの関係を続けた。過去に、勉強しないまま投資で成功した経験もあったためという。
そして、なかなか資金が戻ってこない中、Aから口座売買の話を持ちかけられた。
弁護人:それを聞いてどう思いましたか?
被告人:売ったら犯罪になるな、と。
弁護人:警察官として、どういうものに使われるかわかりませんか?
被告人:今考えればわかります。
弁護人:当時は考えられなかった。
被告人:借金で頭いっぱいで冷静に考えられず。
それまで給料で車を購入したり、友人と遊ぶなどしてきた被告人にとって、借金は初めての経験だった。「冷静に考えられなかった」と繰り返した。
弁護人:口座売買による報酬というのは?
被告人:Aに全額いったり、半々だったり。
弁護人:あなたが全額というのは?
被告人:1件だけありました。
弁護人:それはいくら報酬を受け取ったのですか?
被告人:2〜3万円です。
●「彼女と連絡が取れず辛かった」
犯行が発覚したことで、被告人は懲戒免職となり、結婚を約束していた交際相手とも別れることとなった。
弁護人:勾留生活は辛かったですか?(現在は釈放されている)
被告人:今まで当たり前のことができず、彼女と連絡が取れず辛かったです。
弁護人:振込詐欺にあってしまった被害者への弁償は考えてますか?
被告人:まだ正式に請求が来てないので…知識がないので親や弁護士と相談します。
事件から約1年が経っているが、被害者に対しての向き合い方が十分でないと感じる話だった。
●警察官として歯止めは効かなかったのか
警察官と同じく、特殊詐欺の撲滅を目指す検察官としては、今回の事件はどのように映っていたのだろうか。
検察官:当時は冷静でなかったというが、どうしてAの話に乗るのかがわからないんですが。
被告人:最初は同期からの紹介ということで安心していたのもあって。
検察官:400万円以上を預けて、それをきっかけとしたケンカもAとしてますよね。
被告人:はい。
検察官:それでもAを信頼したというのは何故なんですか?
被告人:最初は失敗したけど、今後はなんとかしてくれるのではないかという思いで。
あくまで借金による混乱が原因であると主張する被告人。検察官が強い口調で追及する。
検察官:先ほど『売ったら犯罪になるな』と思ったという話がありました。警察官として、犯罪であるという認識が歯止めにならなかったのですか?
被告人:借金で頭いっぱいで冷静になれず。
検察官:自分の名前で口座の申し込みしているんだから、発覚したら自分に疑いがかかりやすいなどとは思わなかったんですか?
被告人:考えなかったです。
最後に裁判官が質問した。
裁判官:今振り返って、どこでどうすればよかったと思いますか?
被告人:投資の知識なく手を出さなければよかった。
検察官は、論告において特殊詐欺事例の深刻な被害は社会に周知されており、今回の犯行が現に特殊詐欺の振り込みに使われたことを非難。報酬目当ての動機も身勝手であるとして、懲役2年を求刑した。
裁判を傍聴していると、かなりの頻度で特殊詐欺の事例に遭遇する。
事態の深刻さを感じる一方で、捜査機関が一体となって尽力していることを感じるだけに、その信頼を揺るがすような今回の事件。公判での言葉は、実に空っぽで残念なものだった。