兄が祖母のお金を勝手にゲームの課金に使ってしまった──。Xでのそんな投稿が4万件以上リポストされるなど大きな話題になっている。
投稿によると、兄は祖母のお金計約4000万円を「勝手に引き出し、自分の口座に移し」たという。兄は「民事だから罪には問われない」と主張しているようだ。
「泣き寝入りするしかないのか。どうにか返金してもらい(兄に)制裁を与えたい」という相談者。兄の言うように罪に問われることはないのだろうか。澤井康生弁護士に聞いた。
●お金の引き出し方で「問題となる犯罪が異なる」
──今回のケースで、相談者の兄には何らかの罪が成立するのでしょうか。
お金をどのように口座から引き出したかによって状況が異なりますので、(1)銀行窓口で引き出した場合、(2)ATMで引き出した場合、(3)ネットバンキングで資金移動をした場合に分けて説明します。
まず、(1)兄が祖母から依頼を受けたなどと言って銀行の窓口で4000万円を引き出して、自分の口座に入金したケースについてです。
この場合、兄には本当はお金を引き出す権限がないことから、銀行の窓口の係員を欺いてお金を交付させたといえることから、銀行を被害者とする詐欺罪(刑法246条1項、10年以下の懲役)が成立します。
詐欺で取得した現金を自分の口座に入れたとしてもそのこと自体では犯罪は成立しません。いわゆる「不可罰的事後行為」といわれるもので、たとえば、自分のものにしようと時計を盗んだ窃盗犯が後から不要となって捨てたとしても、捨てたことについて器物損壊罪が成立しないこととされており、これも同様の扱いです。
次に、(2)兄が祖母のキャッシュカードを盗んでATMでお金を引き出したケースですが、まず祖母のキャッシュカードを盗んだ場合、キャッシュカードに対する窃盗罪が成立します(キャッシュカードを持っていく事自体は許可していたなどの事情がある場合には成立しません)。
盗んだキャッシュカードを使ってATMでお金を引き出した場合、銀行が管理しているATMの中の現金を盗んだといえることから、銀行を被害者とする窃盗罪(刑法235条、10年以下の懲役または50万円以下の罰金)が成立します。
騙す相手が「人」でなければ成立しない詐欺罪(同246条)は、機械であるATMの場合は問題になりません。
なお、窃盗で取得したお金を自分の口座に入れても、前述の場合と同じく「不可罰的事後行為」に当たるので、そのこと自体では犯罪にはなりません。
最後に、(3)兄がPCやスマホ等でネットバンキングにアクセスし、祖母の口座から自分の口座に送金した場合ですが、銀行の係員を騙したわけではないので詐欺罪は成立しません。現金を引き出して手にしたわけでもないので窃盗罪も成立しません。
しかし、銀行の事務処理に使用するコンピューターに虚偽の情報を与えて財産権の得喪に係るデータを作成し、財産上の利益を得たといえることから、銀行を被害者とする電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2、10年以下の懲役)が成立します。
●いずれにしても被害者は「銀行」、刑免除は「あり得ない」
ただし、兄は祖母の孫であり直系血族ですから、場合によっては「親族相盗例」が適用されるケースもありえます。
──「親族相盗例」とはどのようなものですか。
一定の親族間で窃盗や詐欺などの財産犯罪が起こったとしても、「法は家庭に立ち入らない」との法格言に基づき、家族間で処理させるものとし、起訴されても刑を免除するという制度です(刑法244条、251条)。
ただし、親族相盗例が適用されるためには目的物の「占有者、所有者、犯人の3者間すべて」に親族関係があることが必要です(最高裁平成6年7月19日決定)。
今回のケースでは、銀行の窓口、ATM、ネットバンキングを用いた場合であっても、問題となる犯罪の被害者はいずれも「銀行」なので、親族相盗例が適用される余地はありません。
「民事だから罪には問われない」と言っていたのであれば、それは大きな間違いです。
もっとも、兄が祖母のキャッシュカードを盗んでいたのだとしたら、その行為については親族相盗例が適用され刑が免除されます。
──民事上の責任についてはどうでしょうか。
兄の行為によって損害を被ったのは祖母ですから、被害者である祖母が加害者である兄を相手として不法行為責任に基いて損害賠償請求することができます(民法709条)。
民事損害賠償責任については刑法上の親族相盗例のような規定はありませんので、不法行為の成立が認められた場合、兄は祖母に対して損害賠償として4000万円を支払えという判決が出ることになります。判決が出た場合、祖母はその判決を債務名義として兄の口座を差押えてお金を回収することになります。