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教員の性暴力に共通する「グルーミング」と「孤立」 被害を防ぐために必要なこと
今井由樹子准教授(提供写真)

教員の性暴力に共通する「グルーミング」と「孤立」 被害を防ぐために必要なこと

教員による生徒・児童への性暴力が、社会問題となっている。

4月1日には、「教員による児童生徒性暴力防止法」(「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律」)が施行された。わいせつ行為は「性暴力」と定義され、加害教員が復職するための要件を厳しくするといった内容だ。

なぜ教員による性暴力が起こるのか。どうすれば防止できるのか。学校現場の性犯罪・性暴力防止について研究をおこない、「教員の性行動セルフチェック表」を作成した奈良大学社会学部心理学科の今井由樹子准教授に聞いた。

●処分者は全教職員数の0.02〜0.03%

——教員による性暴力の件数は、増加傾向にあるのでしょうか。

公立学校教職員の懲戒処分の統計(人事調査)が現在の形になった2012年度から見ていくと、性犯罪・性暴力の処分者は、全教職員数の0.02〜0.03%です。

2012年〜17年度までは微増減していましたが、2018年度に数が上がり、それまで200人前後だったのが282人になりました

前年の繰越分で増えたのか、2017年にあった性犯罪に関する刑法改正や#MeToo運動などの影響で被害者が訴えやすくなったのか原因は不明です。

2020年度は、数としては200人と減りました。新型コロナで学校行事や登校日数が少なくなったことにより接触が少なくなった、というのが一つの説ですが、性暴力が減っているわけではないという指摘もあり、次年度以降の様子を見なければ減少傾向にあるのかどうか分かりません。

——どのような被害が多いのでしょうか。

性犯罪・性暴力の態様は、体に触るが最も多く、次いで性交、盗撮・のぞき、接吻と続きます。

小学生に対して性犯罪・性暴力をする人たちは、小児性愛の傾向があります。大人の女性と対等な関係を築けない人が多いです。つまずいた経験があり自分に自信がなく、「自分と理解し合えるのは純粋な子どもしかいない」と考えます。相手が子どもたちなら、自分の有能感や安心感を得られるというんですね。こうした動機から、教職員の職につきたいと狙っている人もいます。

また、盗撮をする人たちは、強制性交等や強制わいせつする人とは違い、児童ポルノを好んでいる傾向があります。非接触型の犯行の場合、当事者が気づかなければ、自分だけが楽しんでいるもので当事者を傷つけていないだろうと考えて加害者意識が低く、再犯傾向も強くあります。

小・中・高などの校種によって加害行為の態様が異なると推察していますが、文科省の統計では詳細な数値が公表されていないので分析できていません。しかし、被害者の年齢に関わらず、いずれも地位・関係性を悪用した被害となっています。

●純粋に人を信じる気持ちを悪用

——教員の性暴力に共通点はありますか。

ほとんどが、グルーミングとも呼ばれる「手なずけ」から入っています。

被害者が中学生以上だと、進路指導や困りごと相談などの場面で頼ってくる生徒に応えるように、その信頼を乱用していくケースが多くあります。生徒にとっては、その教員は話を熱心に聞いてくれて、頼りになる存在です。教員はそれを逆手にとり、ぽんと肩に手をおく、太ももに手をおくなどの接触からはじめ、分からない程度にだんだんと大胆になっていく。

生徒は最初は「気のせいかな」と考え、教員の行為がエスカレートしても「先生にお世話になっているから」とか「この先生がそんなことするはずがない」と思うようになる。あれよあれよというまに、胸やお尻触ったり膝の上に抱っこしたりする。

成人間での性暴力もそうですが、無理やり押し倒して性交するようなケースと支配関係に乗じて性交するケースがあります。対児童・生徒の性暴力は前者のタイプは数少なく、支配関係の中で「これくらいいいだろう」と性暴力に及ぶ人たちが多いです。

子どもたちは親から「先生の言うことは聞きなさい」と言われてきています。先生というのはいい人だと信じていて、加害者は子どもたちのそうした純粋に人を信じる気持ちを悪用しています。

——たとえば、痴漢行為の動機は、性欲だけではなくストレスへの対処法であるという指摘があります(斉藤章佳『男が痴漢になる理由』イースト・プレス)。教員の場合もストレスなどが原因で、生徒への性犯罪・性暴力に向かっているのでしょうか。

私がおこなった性加害教員への調査では、学校で孤立している人が多くいました。教員は裁量がある仕事なので、個々の教員にお任せのところがあり、会社組織のようにチームで協力して仕事をすることが少ない職種だと思います。仕事でつまずいても、「自分はできません」と言えず周りに相談できないのです。

今のは仕事に関する例ですが、配偶者とうまくいっていない、恋人との縁がない、自分の子どもが問題を抱えているなど、プライベートでもつまずき、孤立している例がありました。

心の拠りどころがないときに、慕ってくれて気遣ってくれて、自分のことを分かってくれる存在である子どもたちを求める。対児童・生徒の性犯罪・性暴力は、負の感情が蓄積した時に単に発散して解消するというものではなく、関係性のなかで欲求を満たしていく点が特徴的だと思います。

——今井准教授が作成した「教員の性行動セルフチェック表」は、どのようなものでしょうか。

性についてどのような意識や態度を持っているのか、ストレスとなる出来事によって引き起こされている感情や人間関係が、性行動にどういった影響を及ぼしているのかを、自分自身でチェックするためのものです。これは正直に答えないと結果が出ないアンケートですので、回収せずに自己診断に使ってもらっています。

質問項目は「以前のようには、仕事に対して情熱や意欲を感じなくなった」「職場には相談できる人がいない」など約半年間の生活の様子を尋ねるものから、「大人として、子どもに性の手ほどきをするのは悪くない気がする」「性的誘いをはっきり断らないのは、イエスを意味する」といった考えにどの程度賛成するか、「特定の児童・生徒との、一対一の個別面談による相談や指導が、複数回または長時間に及ぶことがある」など教員生活について尋ねるものの26問です。

最後に得点を採点し、安全な状態か、黄色信号状態か、危険度が高まっている赤色信号状態かを確認してもらいます。

2017年には2県の小中高校・特別支援学校に勤務する教員計875人に回答してもらいました。学校側には、このセルフチェック表をやった後に、教職員同士でディスカッションする場を設けて、他人事ではなく自分ごとにしてもらいたいと考えています。

●子どもたちはそもそも性暴力が何かを知らない

——2022年4月には「教員による児童生徒性暴力防止法」も施行されました。どのように評価していますか。

どのくらいの教員が、防止法を読んだり気をつけたりしているのかが気になっています。昨年の講演での手応えでは、防止法を読んでいる教員は半分以下でした。

早期発見のため定期的なアンケート調査を実施するとありますが、子どもたちはそもそも性暴力が一体何かを知りません。教員もよく分かっていないかもしれません。性暴力はどういうことか、というのを教員と子どもたちが同じ認識を持つ必要があります。

現在、厳罰化が先に進んでおり、性暴力の加害予防は遅れています。政府が推進する「生命(いのち)の安全教育」はプライベートゾーンや性暴力、デートDVについて説明しています。これを全学級で実施することで、性暴力とは何かを自覚し、嫌だと思ったことにはNOと言っていいこと、困ったときには大人に助けを求めて欲しいことが伝わります。

——教員の性暴力を防止するために、どのようなことが必要ですか。

文部科学省は、教員によるわいせつ行為の防止のために必要となる取組として、児童生徒とSNS等による私的なやりとりをしてはならないこと、密室状態を回避することを呼びかけています

ただ、密室を作らないことについては、現場の先生から戸惑いの声も上がっています。確かに、児童・生徒が秘密の相談をするときに、おおっぴらな場所でおこなうのはなかなか難しいですよね。

そこで、相談体制をシステム化することが必要だと思います。特定の教員と児童・生徒が一対一で親しくなることが、性暴力・性犯罪につながるきっかけになることもあります。熱心な先生が一生懸命やっているのにお任せするのではなく、子どもたちがどんな悩みや課題を持っているのか、それがどのような形で指導・対応されているか、面接の頻度や進捗状況の記録を学年で共有することが大切だと思います。

文科省はわいせつ行為等による被害の相談体制の整備することもおこなうよう求めていますが、予防としては普段の相談指導体制をしっかり整える必要があると思います。

【プロフィール】 今井 由樹子(いまい・ゆきこ)。奈良大学社会学部心理学科准教授。公認心理師、臨床心理士。警察の少年補導職員として20年余り少年非行・被害の相談対応を行ってきた。10年間のスクールカウンセラーを経て現職に就任。「大阪府子どもを性犯罪から守る条例」社会復帰支援員。専門領域は犯罪心理学、臨床心理学。研究テーマは「教員の性暴力の予防」。

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