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甘い会話をささやくアンディ、ついに「暗号通貨」という爆弾が落とされた 【国際ロマンス詐欺 #3】
謎の男性からのメッセージ(画像は筆者提供)

甘い会話をささやくアンディ、ついに「暗号通貨」という爆弾が落とされた 【国際ロマンス詐欺 #3】

「国際ロマンス詐欺」の被害が、あとをたたない。SNSで見知らぬ外国人からアプローチを受け、その巧みな話術に騙されて、恋心もあって多額の海外送金をしてしまうというもので、近年、被害は増加している。

エッセイストの紫原明子さんの元にも、国際ロマンス詐欺を疑わせる外国人男性からのメッセージが届いた。一体、彼はどんな手口で女性にささやき、心を奪ってしまうのか。紫原さんが、その顛末を寄稿した。(3/3)   

●「テンプレートの壁を超えたい」

会話というのは本来すべて、何が生まれるかわからない即興のセッションのようなものであろう。にも関わらず、メッセージのやりとりだけで生まれるロマンスを武器とする国際ロマンス詐欺師は、ターゲットとの長期に渡るコミュニケーションでいかなる会話を繰り広げ、いかにしてロマンスへと導くのか。

国際ロマンス詐欺師と思われるアンディとの会話の中で、私はそのテクニックを知りたいと思うと同時に、できることなら用意されたテンプレートの壁を超え、「アンディ」という架空の人物を演じている生身の人間から発せられる言葉を聞きたいと思い始めていた。

毎朝30分のジョギングを済ませ職場に向かう(という設定の)アンディは日々、自分の経営するなかなかに立派なオフィスの動画(しかしデータをみると撮影日時は3年前の2019年であった)や、平日の昼間からゴージャスなホテルランチを楽しむ写真を送ってくれる。

そんなある日、アンディから病院の待合室と思しき写真が送られてきた。なんでも彼は、母親を連れて健康診断に訪れたという。またその日の夕飯には、「母親が検査をしたため、あっさりした家庭料理を食べた」という。

私は、アンディとやりとりをする中で、彼がわずかでも本当のことを話してくれている可能性を捨てたくないと考えていた。全てを疑っていては、アンディを演じる人物の本当の声を聞き出すことなどできないだろうし、明確に金銭の振り込みを要求されるまでは、最低限の誠意を欠いてはいけないと思っていた。だから、わずかな確率かもしれないけれど、本当にお母さんは病気かもしれない、と思おうとした。

……が、私と同様に、かつて国際ロマンス詐欺師とやりとりしていたという友人から「今後、病気の母の治療代が必要という展開が予想される」と忠告され、冷や水を浴びせられる思いがした。早くも振り込み要請の足音が聞こえてきてしまったのか。しかし私たちはまだ決して十分な会話をしたと言えない。まだ終わらせるわけにはいかない。私は身を引き締め、防衛策を繰り出した。

●「子どもの頃の家庭環境はよくなかった」

「気持ちはとてもわかるよ。私の母も病気で最近手術をしました。まだ入院してるよ。治療にはとてもお金がかかる」

これをもって、もし治療費を請求されても支払うことができないという状況を匂わせることにした(実際には母は健康に過ごしている)。するとアンディは、

「Akikoのお母さんは最近手術を受けましたか? 早く回復してほしいですね」

と私の気持ちに寄り添いながら、子ども時代の話を語り始めた。

「子どもの頃の家庭環境はよくなかったです。だから父は貨物船に出勤します。母は運送会社の会計です。でも私の父はよく家にいません。父は貨物線にいたからです。だから3カ月ごとに家に帰って、時には6カ月ごとに家に帰ります。母だけが私と姉の生活を世話する。母は毎朝起きて学校に送ってくれます。そして仕事に行きます。だからアンディは母の期待にこたえて真面目に勉強する……」

アンディの幼少期の話はどれも切なく、なおかつ現在のストイックなビジネスマン・アンディの像と美しい一直線で繋がるものだった。

●あらゆる会話が「暗号通貨」に繋がってしまうように

そんなアンディについ同情を寄せかけていた私に、ふいに一枚の画像が送られてきた。それは、見慣れない何らかのチャートのようだった。

「申し訳ありませんが、Akikoはアンディを待つ必要がある。アンディは明日の取引データを計算するのに10分かかります」

「通貨の取引ノードデータを暗号化しています。ワインを飲みながらデータを分析するのはアンディにとってリラックスしています。アンディは暗号通貨に6年間投資しています。だからアンディにとっては習慣です」

母の病気という出口を(心苦しくも)塞いだと気を抜いていたところで、突如として「暗号通貨」という次なる爆弾が落とされてしまったのである。その後もアンディは、コロナ禍で事業が危機に瀕したが暗号通貨の取引で損を出さなかったこと、暗号通貨の取引で得た利益でペットシェルターを運営していること、暗号通貨の取引で得た利益を社会に還元する夢があることなどを饒舌に語った。

近年、暗号通貨の取引を装い金銭を騙し取る手口の国際ロマンス詐欺が最近増えているそうだ。アンディがこれから先、私に何を言わんとしているのかはもはや明らかであり、私は落胆した。

しかし、それでもまだ終わらせたくないという一心でその日、私は話の端を無理やり折り「好きなお菓子は何?」とアンディに尋ねた。一度目は無視されてしまったが、しつこく何度か尋ねると、アンディは根負けしたように「東京あんこのプリンです」と教えてくれた。そのようなプリンは聞いたことがなかったが、その日はこの「東京あんこのプリン」をもって暗号通貨の話を終わらせることに成功し、取引を持ちかけられることはなかった。

しかし残念ながらこの日以降、私たちの会話はどんなトピックを選ぼうとも、あらゆる道が暗号通貨へと通じるようになってしまい、それ以外の話をしようとすると私のメッセージで会話が止まってしまうようになった。そしてそんなときも「暗号通貨」とたった一言私が送ると、アンディからたちまち返事が返ってくるのであった。

●アンディに詳細を尋ねると…

これ以上会話を深めることは無理だと観念した私は、最後を見届ける覚悟を決めた。

アンディ曰く、私が彼に日本語を教える代わりに、彼が私に暗号通貨の取引を教えてくれるという。なんでも「1000ドルまたは800ドルの少ない投資で、20分で80ドルから120ドル稼げる」と彼は言う。このために彼の指示した手順は次の通りだった。

まず、AppストアからMT5という株や先物の取引プラットフォームをインストールしログインする。次に、とある海外企業のサイトをブラウザで開き日本語を選択、個人アカウントを開設する。アカウント開設後にこのサイトに、元手となる1000ドルを振り込むことになるようだった。

念の為、その企業の会社名を検索してみると、真っ先に世界各国にシェアを持つIT企業がヒットする。ところがアンディに提示されたウェブサイトを開くと、同じ社名を掲げながらサイトのデザインは全く異なっていた。それもそのはず、URLをよくみると、正しい企業名の後に不可解なアルファベットがひっそりと付いており、偽サイトへ繋がっているのだ。

SMSメールで送られてくる詐欺などでよく見られる、大手サイトを装った明らかに怪しいURLのこのサイトに、個人情報を登録し、アカウントを作成せよとアンディは執拗に促してくる。さらには、そこに至るまでの全てのプロセスをスクリーンショットに撮って送るようにと指示される。なんとか誤魔化したかったが、スクリーンショットを要求されてはさすがに難しく、私は意を決してアンディに次のように語りかけた。

「母の手術代がかさんで、毎晩遅くまで仕事をしてもお金が足りないんだ。アンディはお金持ちだから私を助けてくれない? 私に元手となる10万円を振り込んで!」

万が一にも、アンディが詐欺師でなく本心から私の利益を考えてくれているとしたら、この提案を少しは考慮してくれるかもしれないと思った。しかし、アンディは言った。

「アンディはあなたが知恵を利用して利益を求めることができることを願っています。アンディはあなたと貴重で価値のあるデータを共有しますが、直接あなたにお金を渡しません。」

それは正しいと思いながら、私は尚も食い下がった。

「アンディはお金をたくさん持ってるし私のことを応援してくれるならお金をくれたっていいじゃない! アンディはお金を持っている人に助けてもらったことはないの?」

するとアンディは言った。

「知識こそが一番大切だと思います。人に頼ることを選んでいるのではなく、自分が強いのが本当です。女性はお金を稼ぐ苦しみを食べなければ、必ず結婚の苦しみを食べなければならない。良い結婚はお金に頼っているとは限りませんが、お金から離れられないに違いありません。経済独立こそが女性にとって最大の底力である」

ぎこちない日本語ながらも、離婚歴のある私が身を持って実感した至極真っ当な正論を述べるアンディ。これほどの説得力を持って経済独立の重要性を説く彼は本当に詐欺師なのだろうか。危うく自分を疑いかけてしまう。……が、同時に彼は、私にお金を出す意志が全くないことを悟ったのか、これ以降どんなにメッセージを送っても静かに既読を付けるばかりで、一切返事を返してくれなくなってしまったのだった。

●子ども時代のエピソードを語られ錯覚してしまう

ある日突然好意的に接近してきたかと思うと、不自然な流れで暗号通貨の儲け話を持ちかけてくる。そして、こちらに乗る気がないと分かるや否やすっぱりと連絡が断たれる。これらのことから、やはりどう贔屓目なしに見てもアンディは国際ロマンス詐欺師だったのだろう。

彼とのやりとりの中で特徴的だったのは、なんといっても子ども時代のエピソードが頻繁に持ち出されたことだ。幼少期の無垢なエピソードを語られると、不思議とすっかり大人のはずである相手があたかも今尚、純粋な子どものままであるかのように錯覚してしまう。

すると自ずと、相手が何かを企んでいるかもしれない、悪人かもしれないという疑念を抱きにくくなる。もしかすると国際ロマンス詐欺師はこの状況を意図して作り出しているのかもしれないと感じた。

とはいえ、それ以外の会話の内容にはそれほど特別なことはなく、強いて言えば国際ロマンス詐欺師は、目論見があるからこそ実現可能な献身姿勢で、相手との会話のために惜しみなく時間を使う。

内容以前に、いつまでも自分の話に付き合ってくれると思わせるその姿勢だけで十分相手からの信頼を得られるのだとすれば、国際ロマンス詐欺が横行する裏側に、忙しい私たちの誰もが抱える孤独の闇を感じずにはいられない。

手口の巧妙化する詐欺師たちから身を守る術は、彼らの手口を知ることと共に、私たちの日常になんとかして豊かな会話の時間を取り戻すことではないだろうか。

アンディの語った一連の言葉の中に、果たしてどれほど本当の彼自身の言葉があったのか、今となっては知る由もない。

【#1】 面識のない外国人男性からの怪しいDM、返事をしてみたら.

【#2】 「あなたに完璧な筋肉を見せる」半裸写真を送り、甘い言葉をささやくアンディ.

【筆者】 紫原明子(エッセイスト) 1982年、福岡県生まれ。男女2人の子を持つシングルマザー。 個人ブログ「手の中で膨らむ」が話題となり執筆活動を本格化。著書に『家族無計画』(朝日出版社)、『りこんのこども』(マガジンハウス)。またエキサイト社と共同での「WEラブ赤ちゃん」プロジェクト発案など多彩な活動を行っている。

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