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性犯罪、刑法改正でも抜け穴「強い暴行・脅迫がない性被害は野放し状態」(下)
性犯罪被害に詳しい上谷さくら弁護士

性犯罪、刑法改正でも抜け穴「強い暴行・脅迫がない性被害は野放し状態」(下)

性犯罪を厳罰化する刑法改正案が6月16日、参院本会議で可決、成立した。明治40年以来大幅な改正がなされていなかった現行刑法が、110年ぶりに大きく動いた。

現行の刑法のどこに問題があるのか。今回の刑法改正については、どう考えればいいのか。性犯罪被害をめぐる上谷さくら弁護士へのインタビューの前編<性暴力の相談「警察は顔見知りからの被害を嫌がる」立件に向けた高いハードル(上)https://www.bengo4.com/c_1009/c_1198/n_6231/>では、被害の実態について聞いたが、この後編では、性犯罪刑法のあり方について尋ねた。

●「反抗を著しく困難ならしめる」、強姦罪について裁判所が設けたハードル

ーー警察がなかなか性被害の立件に向けて動かないとのことですが、法律上はどのようなハードルがありますか

性暴力被害の団体等も問題にしていますが、強姦罪の構成要件にある「暴行又は脅迫」は、「反抗を著しく困難ならしめる程度」という非常に強い程度が必要とされています。これは昭和24年の最高裁判所の判例で、裁判所が設けたハードルです。だから判例が変わらないと難しい。裁判官の個々人の感覚によって事実の評価に振れ幅があるようにも感じています。

この「反抗を著しく困難ならしめる」というのは、女の子からすれば著しく困難になっているんだけれども、客観的に見ると「そこまで抑圧されてないでしょう?」というケースが多い。例えば男性から強く関係を迫られ、肩を掴まれたりいきなり抱きしめたりされると、その時点で女の子は固まったり、声が出なくなったりしてしまう。さらに「どうしよう」と思っている間に事が進み、「やばい」と思った時点ではもう服を脱がされていたりして。恥ずかしくて声を上げられないですね。

仮にその時点で大声をあげても、見知らぬ誰かが「どうしました?」と助けに来ることはほとんどありえないでしょう。大声を出そうとしても「逆上したらどうしよう。殴られるかも。最悪、殺されるかも」と考えてしまいます。だから次善の策として、被害者は自分を守ることを考え始める。性体験ある女性は、「せめて妊娠だけは避けたい」とコンドームをつけるよう相手に言うこともあります。また、とにかく「一刻も早く終わって欲しい」と思い、意を決して早く射精するように手伝うこともあります。自分の身を守るために仕方なく、最悪の事態にならないように。そうすると法廷で、「その行為は合意だと思った」「彼女の方が積極的だった」等と相手が主張してくる。残念なことに、女の子の行動が悪く取られるケースというのは多々あります。

女性側としては反抗を抑圧されたと思っているけれど、客観的にみるとそうとは言えず、強姦罪の「暴行又は脅迫を用いて」にあたらないとなった場合、刑法で処罰することはできず、泣き寝入りになる。一番多いであろう被害体系にあてはまる適切な法律等がなく、ぽっかり空いている状態で、野放しになっているんです。

ーー加害者側が合意だと誤信した場合、無罪になる可能性もあるのでしょうか

そう言ったケースは多く聞きます。「客観的状況から、加害者が誤信してもやむを得なかったと判断されれば無罪」という論法はよくあります。だから、警察も検察も立件に消極的になってしまうのです。

例えば二人で食事をした後、男性が勝手にラブホテルに入って行った。最近は、ラブホテルと分からない建物も多いので、女性が隠れ家のようなバーと勘違いして中に入ると、実はラブホテルで、個室に連れて行かれた。女性は「私、嫌です」と言ったけれども、聞き入れてくれず、襲われたーー。抵抗しようにも、お酒に酔っているので力が入らないし、どうすれば逃れられるのか頭も回らなかった。

こういった場合、女性側は特に怪我もしていないし、防犯カメラの映像にも普通に歩いている状況しか写っていない。これだと難しいんです。

ーー女性は思いきり抵抗していないと、性交渉に「合意」ととられてしまうのですか

乱暴に言えば、今の法律だとそれに近い感じはあります。殺されるかもしれないと思いつつも、それでも決死の覚悟で暴れろという事なのか?と感じることもあります。服がビリビリに破れながらも大暴れして…ってそんな事はできるわけがない。でもそれをしないと無罪になってしまうんですか?と。

●構成要件を緩和した、新たな罪を作るべき

ーーこういった現状に対して、何をどう変えればいいと考えますか

今回成立した刑法改正案でも入りませんでしたが、「暴行・脅迫」という構成要件を緩和する必要があります。ただ、この「暴行・脅迫」を「反抗を著しく困難ならしめる程度」としたのは判例なので、判例変更となると、非常に時間がかかってしまう。私としては暴行脅迫要件を緩くした中間の罪を新しく作るしかないと考えています。

ーー中間の罪というと、どういったものですか

例えば、強盗罪は、「暴行又は脅迫を用い」ることが構成要件である点で強姦罪とよく似ています。強盗罪の「暴行・脅迫」は、「反抗を抑圧するに足る程度のもの」でなければなりませんが、「抑圧」よりも弱い場合に、恐喝罪が適用される場合があります。恐喝罪というのは、簡単に言うと、脅迫により相手を畏怖させるもので、反抗を抑圧する程度に至らない場合です。いわゆるカツアゲですね。しかし性犯罪には、恐喝罪に該当する犯罪類型がありません。私は、恐喝とパラレルな性犯罪に関する罪も作るべきだと考えています。

性犯罪は刑法に強姦、準強姦、強制わいせつ、集団強姦罪等が定められているだけで、軽度なものだと軽犯罪法と各都道府県の迷惑防止条例違反しかありません。しかも、軽犯罪法は、軽微な秩序違反を取り締まる法律ですし、条例も市民生活の平穏を保持することが目的とされていますので、個人の性的自由を守るものではないのです。法整備が大変に遅れています。

●ようやく山が動いた、性犯罪の罰則

ーー性犯罪の厳罰化などを盛り込んだ刑法改正案では、強姦罪などが被害者の告訴がなくても起訴できる「非親告罪」に改められました。メリットはどんな点ですか

非親告罪になることで被害者の負担が減ります。というのも、これまでは被害届を出して、警察が捜査して加害者を逮捕しても、「この先は、あなたが事件にするかどうか決めてください」と言われていたわけです。そうなると怖いのは逆恨みです。

さらに、加害者の弁護人は、ほぼ間違いなく「告訴を取り下げれば被害弁償をします」という話を持ちかけてきます。犯罪を犯せば、刑事事件で処罰を受け、さらに被害弁償をするのは当然のことですが、強姦罪などの性犯罪は、親告罪であったがために、告訴取下げと引き換えにお金が払われていた。つまり、事件にするか被害弁償を受けるかの二者択一になっていたのです。非親告罪となれば、そういった事がやりにくくなると思います。

ーー今回の性犯罪の規定見直しを、どう評価しますか

法定刑の下限が引き上げられたこと、親告罪でなくなったこと、被害者の性別区別がなくなったこと等、それぞれとても重要ですが、一番入れて欲しかった「暴行・脅迫」の構成要件緩和が見送りになったことは非常に残念に思います。ぜひ引き続き議論をして、改正して欲しいです。

性犯罪の罰則は、110年ぶりに見直されました。「厳罰化」と言われますが、これまでが軽すぎただけなので、私は「適正化」と評価しています。やっと山が動いたことは高く評価しますが、まだ第1歩を踏み出しただけ。これでよし、とするのではなく、これから第2歩第3歩と積み重ねていかなければなりません。

(弁護士ドットコムニュース)

プロフィール

上谷 さくら
上谷 さくら(かみたに さくら)弁護士 桜みらい法律事務所
福岡県出身。青山学院大学法学部卒業後、毎日新聞社に入社。新聞記者として勤務した後、2007年弁護士登録。犯罪被害者支援弁護士フォーラム(VSフォーラム)事務次長。第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会委員、元青山学院大学法科大学院実務家教員、保護司。著書に「おとめ六法」(共著、KADOKAWA)、「死刑賛成弁護士」(共著、文春新書など)

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