一生の後悔より、一度の勇気。
運命を変えた本、「会社蘇生」
ロッキード事件が報道されたのは、まだ私が小学生の頃でした。
前総理大臣が逮捕され、後に実刑判決を受けたというニュースは当時の日本列島を駆け巡り、私も子供ながらに大きな衝撃を受けました。そして、この時初めて正義を追求する「検察官」という仕事を知り、興味を持ったんです。
検察官になるには、司法試験に合格しなければならないと知りましたが、大学に合格した当時の私には、どうしても最難関と言われる司法試験にパスするイメージが持てず、あえて法学部には進学しませんでした。
1992年、大学卒業と同時に、私は、生命保険会社に就職。支社や本部で保険販売の後方支援に力を注ぎました。
そんな時、企業小説で名高い高杉良さんの「会社蘇生」という作品に巡り合いました。
これは、故・三宅省三(みやけしょうぞう) 弁護士が保全管理人・更生管財人として、老舗の専門商社の再建に尽力した、大沢商会の会社更生事件をモデルに描かれたリーガルフィクションです。読み進むうちに、弁護士という仕事の面白さと可能性を感じさせてくれる作品でした。
人生の進路に迷いましたが、私は弁護士をめざしてみようと心に決めました。 会社に入って4年目を迎えた1995年の夏のことでした。
仕事と勉強の両立は難しく、1996年に会社を辞めて司法試験に専念することにしましたが、家族には猛反対されました。それでも、私の気持ちが揺らぐことはありませんでした。
猛勉強の末、司法試験に合格。2001年に弁護士登録を果たしました。
スピーディーな対応で、”嫌な気持ち”になる時間を減らす
現在、私の仕事の多くが企業さまとのお仕事です。
そんな中で、私は2つのポリシーを掲げて仕事をしています。
まず一つ目は、スピーディーであること。
少し前に、都内の会社の社長さまから、こんな相談を受けました。
「右翼標榜団体が3名ほどで街宣車に乗り、会社の正門に来るんです。そして、私の会社の製品についての誹謗中傷を行ったり、私自身や他の役員の私生活に関しても事実無根の内容をスピーカーを通じて大声で発信しています。大変迷惑していて、精神的にも限界の状態です。どうにかして助けてほしいんです」
これはひどい。 個人のプライベートを貶めるような行為は絶対に許してはならない。
私はすぐさま、正門周辺での街宣活動禁止仮処分命令を申し立てました。しかし、その決定を聞いた右翼標榜団体は、今度は会社ではなく、社長や社外役員の自宅周辺で街宣活動を開始したのです。
常軌を逸した、執拗な嫌がらせとしか言いようがありませんでした。
このままでは、会社の経営はもちろん、社長や社外役員のプライバシーまで守られなくなってしまう。
私は社長と話し合い、速やかに刑事告訴を決めました。 右翼標榜団体構成員らは逮捕・起訴され、街宣活動は止まりました。 彼らはその後、名誉毀損罪で有罪判決を言い渡されました。
誹謗中傷というものは、時に人を死にまで追いやる悪質な行為です。 このような場合は、とにかくスピードを重視した対応が必要不可欠だと思います。

仕事は、「頭」と「心」の両方を使ってするもの
もう一つ大事なことがあります。
それは、当事者の気持ちを、頭と心の両方で理解する努力を惜しまないことです。
このことは、ある依頼者との出会いによって教えられました。 その方は、地方でメーカーを経営されていた当時50代の男性でした。
彼は大事に育ててきた会社を、できればご子息かご令嬢に承継してもらいたいと考えていました。 しかし、彼のお子さまたちは、医師や薬剤師といった専門職の道に進みたいという想いが強く、親族内承継することは叶いそうにありませんでした。
経営者として、そして父親として、寂しそうな顔をする依頼者。
「この会社の理念に共感し、伝統や社風を守っていってくれる人間に承継したいんだ。どうしてもその点だけは譲れない」
依頼者の純粋な想いが、私の心にもひしひしと伝わってきて、なんとか自分がお力になりたいと思い、税理士の先生にも協力いただきながら、依頼者が心から納得できる方法を模索しました。
そして最終的には、親族外承継という形で、手続きを完了することができました。 親族内承継という、本来一番に望んだ結果ではありませんでしたが、心から信頼できる方に会社を任せられることを、依頼者は本当に喜んでくれました。
「家族以外に譲るのは正直残念に思うところもあるけれど、この会社を存続させるためには、これが今できる最善の方法なんだと思います。先生、ありがとう」
寂しそうなお顔が、満足そうな表情に変わったあの瞬間を、私は忘れることができません。この依頼者とは、今でも年賀状を交換したりと、お付き合いをさせていただいています。
この仕事を通して私は、「当事者の想いに近づきたい」と自ら心を傾けていくことを、とても大事なことだと考えるようになりました。
「頭で考えてこうだから」と行動することも大切ですが、「良心に従えるか」という物差しを忘れてはいけない。 どんな仕事にも通ずる考え方だと思います。
窮地を救うのは、「素直さ」
これまでの仕事人生、うまくいくときばかりではなく、失敗してしまうこともありました。 一つ忘れられない出来事があります。
何年も前のことになりますが、ある税理士の先生から「知り合いの経営者が悩んでいるようなので、力になってあげてほしい」と紹介を受け、面談をすることになりました。
面談当日。ほぼ徹夜という日が続いていたからか、体調が優れなかった私は、とても緩慢な面談をしてしまったんです。とにかく体が限界にまで疲れていて、余裕がなく、話の内容もあまり頭に入ってきませんでした。いま思い出してみても、ひどいことをしてしまったと胸が痛みます。
翌日、紹介してくれた税理士から「二度とあんな弁護士を連れてくるなと言われてしまったよ」と報告を受けました。
後悔の念に襲われました。どうしても体調が優れなかったら、日程を再調整するなり、方法はいくらでもあったはずです。私の自分勝手な判断で人を不快な気持ちにさせ、知人の顔に泥を塗ってしまったことを、心から悔やみました。
謝りに行こう。
恐る恐る往訪し、面談当日のことについて、事情を説明した上で謝罪しました。 すると、「まさか謝りにきてくれるとは思わなかった、よく来たね」と言って、 温かく迎え入れてくれました。
そしてなんと、私と顧問契約まで結んでくれたのです。
びっくりしましたが、私はこの一件を通して「どんな仕事であっても、最後は人と人の交わりなのだ」ということを学ばせていただきました。 これからも、素直な気持ちで、相手を気持ちを大事にして働く弁護士でありたいです。
世の中の会社のために、弁護士人生を賭ける
私は、弁護士になろうと思った原点でもある書籍「会社蘇生」の影響で、弁護士人生を賭けて、世の中の企業のために働いていこうと考えています。
一度きりのお付き合いで終りがちな個人からのご依頼と比べ、企業とは顧問弁護士として半永久的に関わっていくことができ、それこそが大きな醍醐味でもあると感じています。最初は数人だった会社が、だんだんと大所帯になって新社屋に移転した姿を何度も見てきましたが、そのときの喜びは格別です。毎回、お祝いの花をお贈りしています。
どんな会社も、社会を良くするために存在しているので、健全に成長していかなければいけません。 でも、経営にはどうしても「水物」な部分があるので、困難なことやトラブルも多く、想像以上に難しいものです。
困った時には、絶対に独断をせず、一度ご相談にいらっしゃってください。
今あるトラブルの解決にとどまらず、後悔しないように、将来起こり得るリスクの芽を摘み取っておくことも考えながら、全力でサポートさせていただきます。
