東京都渋谷区の新国立劇場で上演されていた舞台「効率学のススメ」が4月21日、急きょ上演中止となるという出来事があった。原因は出演者の遅刻。俳優の田島優成さんが「夜公演と勘違いしていた」らしく、開演時間の午後1時になっても劇場に姿を見せなかったからだ。同劇場のホームページには「ご来場くださいましたお客様に対しまして、多大なるご迷惑をおかけいたしましたこと、深くお詫び申し上げます」と謝罪の言葉が掲載された。
当初、観客に対しては、チケットの払い戻しや別日程への振り替えといった対応がとられたが、天災などのやむを得ない理由でもなければ、公演が開演時間直前になって中止になるという事態は滅多にない。ましてや今回は俳優の個人的な過失によるものだ。納得できない観客も多いだろうし、舞台を楽しみに遠方から足を運んだ観客もいるだろう。
そんな観客たちに配慮して、新国立劇場は23日、劇場に足を運んだ観客に「交通費」も支払うと、公式サイトで発表した。報道によると、このような交通費負担は異例のことだという。では、そもそも今回のような公演中止の場合、法的に、観客はどこまで請求できるのだろうか。秋山亘弁護士に聞いた。
●主催者側に「重大な過失」があれば、交通費を請求できる可能性も
「本件のように、主催者側の過失、それも重大な過失による公演中止の場合の損害賠償問題は、チケットの申し込み規約や約款の定めによることが原則となります」
このように秋山弁護士は、チケットに関する規約や約款に注目する。
「そして、多くの規約等には、『公演中止となった場合、その理由の如何を問わず、主催者側はチケットの払い戻しに関してのみ、その損害賠償責任を負う』という趣旨の規定が置かれています。
このような規定によれば、チケットを購入するための交通費や公演場所に行くために要した交通費などの損害賠償の請求は、できないことになります」
そうすると、今回のように「俳優の遅刻」で中止になった場合でも、チケット代金の返還だけで納得しなければならないのか。わざわざ関西から駆けつけた観客は泣く泣く、新幹線代を負担しないといけないのか。
「しかし」と言って、秋山弁護士は次のように続ける。今回は例外的に、交通費も請求できる可能性があるというのだ。
「消費者契約法8条1項2号は、事業者側の『故意又は重過失』により消費者に生じた損害について、賠償責任の『一部を免除』する条項を無効としています。
これは同条1項1号において、消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項を無効としていることを受けて、事業者側の『故意・重過失』による場合には、損害の『一部の免除』にとどまる条項であっても無効としたものです」
●「重大な過失」の場合、損害賠償の一部免除条項が無効になる
この点、舞台のチケット申し込みに関する規約条項は、チケットの払い戻しには応じるので、損害の「全部免除条項」ではなく「一部免除条項」にあたるといえる。
となると、問題は、今回の公演中止が主催者側の「重過失」つまり「重大な過失」によるものといえるかどうかだ。もし「重大な過失」といえるならば、損害賠償の「一部免除」を定めた規約は効力をもたなくなる。
はたして、今回はどうなのか? 秋山弁護士の意見はこうだ。
「主催者側の公演者が開催時刻を間違えるという過失は、『重大な過失』に該当すると考えられます。したがって、消費者契約法8条1項2号に基づき、無効になる可能性が高いものといえます」
秋山弁護士は「この種の事案で争われた判例はまだないようですが」と断りつつも、「本件のような事案では、主催者側に交通費等の損害賠償責任が認められる可能性は高いでしょう」と述べている。交通費を負担すると判断した新国立劇場は、誠実な対応をしたと言えそうだ。