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「歩く奇跡」と医師も驚くほどの発達障害に気づかず苦労 「グレーゾーン」の支援、弁護士に聞く
安井弁護士(本人提供)

「歩く奇跡」と医師も驚くほどの発達障害に気づかず苦労 「グレーゾーン」の支援、弁護士に聞く

学校の成績は優秀ながら、自身の発達障害になかなか気づけず、働き始めてから挫折する「おとなの発達障害(グレーゾーン)」が問題となっている。

社会福祉士・精神保健福祉士としても活動する安井飛鳥弁護士は、発達障害を持つ人からの相談にのる機会が多い。

ただ、障害を自覚している相談者は少なく、話を聞いてみて初めて、障害の特性が法律問題や生活の困難に影響していることがわかるケースが多いという。

就労、生活の両面で支えるにあたり、「おとなの発達障害」当事者が直面している課題と、解決策を聞いた。

●発達障害が相談者の法律問題にも影響していた

発達障害を理由とした職場での悩み事について、弁護士ドットコムに多くの相談が寄せられている。たとえば、あるADHDの契約社員(アパレル)は、障害者雇用で働いているが、「数字が苦手」という特性を事前に伝えたにもかかわらず、実際には「洋服の型番、品番、色番など数字」を扱う業務をふりわけられ、ストレスから体調を崩したという。

休みがちになり、半年で契約打ち切りとなったそうだ。「障害のことを理解してもらえなかったことにも納得できません」として、雇い止めは不当だと訴えている。

しかし、自分が発達障害だと気付かないまま働いてしまうことで、様々な困りごとに直面し、周囲の理解を得られないまま、仕事をやめてしまうケースもあるという。

そのような「おとなの発達障害」を抱える人を、どうやって支えればよいのか。安井弁護士に聞いた。

ーー厚労省の調査(2019)によれば、診断等を受診した発達障害者の数は2017年度は23万3000人で、年々増加しています。発達障害を持つ人たちと、どのようにかかわっているのでしょうか

安井弁護士:発達障害という切り口からかかわることは多くありません。何かしらの生活上の困難や法律問題などを受けてみると、実は発達障害を持っていることがわかり、そして、それに起因する生きづらさが相談内容に影響しているケースがよくあります。

障害者手帳をすでに取得し、福祉サービスを利用されている人もいれば、薄々感じてはいたけれど実際にそうした相談をする機会がなかった人もいます。また、発達障害の知識すらないなかで日々、漠然とした生きづらさを感じられてきた人など様々です。

【診断やカウンセリング等を受けるために医療機関を受診した発達障害者数(厚労省2019)】 【診断やカウンセリング等を受けるために医療機関を受診した発達障害者数(厚労省2019)】

ーー就労面、生活面でどのようなサポートをしているのでしょうか

安井弁護士:例えば、発達障害の特性の影響により、職場での同僚とのコミュニケーションが上手く取れなかったり、上司からの抽象的な内容での指示の理解が難しく、ミスを繰り返してしまったりして職場で苦労している若者の相談をよく受けます。そうした状態が続くことで周囲から誤解され、ご本人としても自信を失い悪循環となり仕事を続けにくい状態に陥ってしまうこともあります。

職場において発達障害の特性に配慮したコミュニケーションや指示の仕方を意識してもらい、ご本人も認知行動療法等によるトレーニングをすることで見違えるような働きぶりを見せるようになりました。

発達障害の特性からくる衝動性やこだわりからついつい散財をしてしまい、金銭管理がうまくいかず、結果的に多重債務状態に陥ってしまうような相談も多いです。ご本人としては金銭管理をしっかりしなければと思っているのだけれど、どうしても散財を繰り返してしまいます。発達障害の特性に配慮した形での金銭管理の方法を実践していくことで極端な散財が減り、家計の安定につながりました。

サポートの方法はケースバイケースですが、まずは当事者の困りごとや生きづらさを中心に丁寧にお話を聞いていきます。そして、その人の特性や現在の生活環境等からみて、どういった支援が適しているか見立て、アドバイスをしていきます。

「発達障害だからこうするんだ」というのではなく、その人にあったサポートを一緒に考えていくイメージです。その中で選択肢のひとつとして、発達障害の特性や得意不得意にあっていて、かつ発達障害に理解のある就職先を紹介したり、必要に応じて障害福祉サービス等の利用につなげたりしていきます。

また、就職先や福祉サービスの相談員さんとの面談等にも同行して、その人がうまく伝えられないことを代わりに伝えたり、定期的に面談をして不安に思っていること等を確認したりしてフォローアップしていきます。

●自分自身でも感じた発達障害の傾向

ーー編集部では、30歳を過ぎて発達障害と診断された男性(Yさん)の体験を記事にしました。大学卒業後、新卒入社した職場で「切手をまっすぐに貼れない」など、他の人が当たり前にできる作業ができないことをストレスに感じ、双極性障害で苦しみます。やっと発達障害の診断がつくと、その傾向の強さは「歩く奇跡だ』と医師から言われるほど、生きていくのに困難を感じるレベルでした

安井弁護士:実は私自身も、ADHDやASDといった発達障害の傾向が強い部分があり、刺激に敏感で他の事が気になり目の前の仕事が手につかなくなってしまったり、自分のペースを考えずに周囲にあわせようと無理をしすぎた結果、それが裏目に出たりして苦労してきた経験があります。

それでも私の場合は働き方や周囲の人間関係がたまたま特性ともうまく合致していたこともあり、幸いにも精神のバランスを大きく崩すこともなくやってこれました。

ですが、そうした環境がなければ私もYさんと同じような苦労を経験していたかもしれません。そういう意味では他人事のようには思えませんでしたし、とても共感しました。記事を読んでみて同じようなことを感じられる方は他にもたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

●サポートする側のイメージで発達障害者をとらえるのは危険

ーー発達障害者の就労において感じている課題は?

安井弁護士:ひと昔前に比べれば発達障害のことはだいぶ知られるようになりましたが、まだまだ理解は不足していますし、「育てかたが悪いからなるもの」という誤解や「普通じゃない人」というような偏見も少なくないように感じます。

発達障害といっても、その定義・概念はASD(自閉症、アスペルガー症候群等を含む広汎性発達障害)、LD(学習障害)、ADHD(注意欠陥多動性障害)、その他発達障害と多種多様です。

同じASDやADHDであっても、グラデーションがあり人によって特性の現れ方や困難の程度も異なります。

最近では本やインターネット等で発達障害者向けのノウハウ等が紹介されるようになり、こうした情報に助けられた人がたくさんいる一方で、紹介されているような情報ではフィットしない人もいます。

また、支援する側も、発達障害者のサポート経験があると言ってもそこでイメージされている発達障害と、実際にサポートを必要としている方の発達障害の状態像との間にかなりのズレがあったりします。なので就労支援の際には発達障害についての一般的理解を前提にしつつも「その人」にあった形でのサポートを考えていく必要があります。

Yさんのように知的障害を伴わない発達障害のケースでは、障害があることに自分も周囲も気が付きにくく、発達障害からくる行動上の問題がその人のやる気や性格上の問題だと誤解されがちです。また、発達障害の診断も必ずしも容易ではなく、人によっては明確な診断が得られない「グレーゾーン」にとどまってしまうこともあります。

こうした「発達障害の診断を受けていないが実際には発達障害が疑われる人」は潜在的にはかなりの数存在すると思われるため、そうした方々へのサポートをどのように実現していくかということも課題です。

ーー弁護士が「はたらく発達障害者」を支える機会はありますか

安井弁護士:発達障害への無理解から誤解や偏見に晒されたり、就労上の不利益を受けてしまうような状態は障害者差別に他ならず、基本的人権が蔑ろにされていると考えます。こうした差別を解消して発達障害者の人権擁護を実現していくことも弁護士に期待される役割のひとつといえるでしょう。

発達障害への理解、配慮というとなにか「特別なこと」をしなければならないと負担に思われる方もいるかもしれません。ですが、これは今まで無意識に定型発達者に都合の良い形で行われ、発達障害者に一方的に負担を強いていたコミュニケーションや環境デザインのあり方を問い直すということであり、それは長い目で見ればより多くの人が過ごしやすい世の中に変わっていくことだと思います。

発達障害への理解、配慮が「特別なこと」ではなく「当たり前のこと」として考えられるようになることを願います。

プロフィール

安井 飛鳥
安井 飛鳥(やすい あすか)弁護士
社会福祉士・精神保健福祉士。法律と福祉の知見を活かして子どもや若者、障害者、依存症患者等の福祉的援助を必要とする方の相談支援に従事。法律職と福祉職の普遍的協働を目的とする団体『弁護士とソーシャルワーカーの協働を考える会』のメンバーとして、制度の狭間にあり困難な状況にある方々のための権利擁護や啓発活動に注力している。

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