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なぜ報道現場が「ブラック労働化」するのか…成果を測れず、根性論と職人魂で疲弊
画像はイメージです(Wellphoto / PIXTA)

なぜ報道現場が「ブラック労働化」するのか…成果を測れず、根性論と職人魂で疲弊

2017年はNHKの女性記者・佐戸未和さんの過労死が伝えられ、これまであらゆる企業の長時間労働問題を伝えてきた報道現場の働き方に注目が集まった。佐戸さんの亡くなる直前の1か月の時間外労働時間は209時間。遺族は「土曜日曜もなく、ほとんど平日深夜まで働いており、異常な勤務状況でした」と嘆いた。

世間では働き方改革が叫ばれる中、現場からは「報道している側こそ一番改革が必要な場所なんだけど…」と言った声が聞こえてくる。突発的な事案に対応するため、報道の現場では勤務時間が不規則になることも時にはあるが、なぜ過労死を生み出すほど報道現場はブラック化してしまうのだろうか。

●「神は細部に宿る」とはいうものの・・・

ある新聞社の地方支局で働くマサキさん(20代・仮名)は、デスク(原稿をチェックする次長)が勝手に書き換える原稿に振り回される。例えば、ある裁判の初公判の原稿で予定稿(終了後、素早く原稿を完成させるために、事前に可能な範囲で大枠をまとめておく原稿)を出しておいた時のこと。「起訴状によると、○○で殺害。××メートル先の川に遺棄した」と書いたところ、原稿をチェックしたデスクが勝手に「××メートル北の川」と方角を加えていた。

そもそも起訴状にも書いていないことだから、勝手に追記しては間違いになってしまう。そう話すと、「文章としておかしいし、地図を見たら方角が北だったから」とデスクは主張する。マサキさんはその裏を取るために、別の取材の時間を切り詰め、先輩の手も借りて急遽地検や警察本部に行って聞き直すことになった。

より詳細な情報を盛り込めるよう、努力すべきと言うのは理解できる。「神は細部に宿る」という言葉もあるし、取材をすれば何か新事実がわかるかもしれない。でも、動ける時間は有限だし、そのような「職人魂」の発揮とどこまで向き合えばいいのかわからない。だけど、この徹底された上下関係のもとでは、言われた通り従うほかない。マサキさんは言う。

「より詳細な情報があった方が読者もわかりやすいだろうけど、それはあくまで想像の範囲内にすぎない。読者の声は聞こえてこないし、結局、同業者と比べ合っているだけ。製品としてのクオリティは上がるのかもしれないけれど、本当に読者が欲しがっている情報、届けたい情報なのかは分からない。それで現場が疲弊していくだけなら、無駄なクオリティだと思う」

●人がたくさんいるのに、疲弊する人が出てくるナゾ

全国紙政治部のタクヤさん(30代・仮名)は、朝晩の政治家宿舎取材のため、朝4時半に起き深夜1時まで仕事をする日もあるという。もちろん、日中に長めの休憩を取ったり、遅く出勤することもあるが、長時間労働には変わりがない。10月の衆院選では毎日午前3~4時に仕事が終わり、週に3回会社に泊まり込んだこともある。選挙後に話を聞かせてくれた時には、「もう1か月休んでいないんです」と言う。

「人がいないんですか」。そう聞くと、人手が足りないわけではないという。

「人数はたくさんいるんです。でも、この仕事ってある種職人芸みたいなところがあって。あの政治家がどういう人か知ってるとか、一人がやり続けて築いていくことがたくさんある。そういう積み重ねが物を言ったりするんですよね。過去の資料はここにあったかとか感覚的な話で、自分がいた方がスムーズに仕事が進んでいくので出ざるを得ませんでした」

ノウハウがきちんと共有されないことが多いため、属人化が進んでしまう。そして、それをマネジメントしようとする動きも乏しいという。

「長時間労働についての問題意識は持ってるけど、どこか特殊な仕事なんだと思ってる部分もありますね。この仕事だからしょうがないよな、と自分で理由づけをしちゃっているところがある気がします」

どの報道機関も最近は本社から号令がかかり、上司も昔よりは現場の記者を休ませようとしている。だが、若い記者は働き方にうんざりして次々辞めていく。自分自身も「長時間労働」であることを自覚してはいるが、仕事は集中していくばかりだ。

また、とにかく人を現場に長時間張り付けたり、大量に投入することにも疑問を感じているという。例えば、政治家を囲んでレコーダーを向ける記者や、記者会見場でひたすら会見内容を打ち込む記者を見かける。事件が起これば、大量の記者たちが現場で何をするでもなくひたすら待機する。

「もちろん、重大なニュースをきちんと追いかけることの大切さはわかりますよ。だけど、結局うちの会社だけその情報を落とすというのが嫌だから、不毛な横並びになるんでしょうね」(タクヤさん)

●外国人記者にはどう見えた?

こういった現場は、外国人記者の目にはどううつるのか。英紙「エコノミスト」の東京特派員で、アイルランド人ジャーナリストのデイヴィッド・マクニール氏は、「私たちも夜に政治家を追いかけることはある。でも日本みたいに他社と横並びでずっと同じ場所にいることはない」という。

「私たちの時間は限られている。政治家の言うことを待ってるよりも、情報を掘り出したり、政治家の発言を分析して学者と話したりする方が有益だ。仕事の内容を考え直すべきだ」と冷ややかな視線を向ける。

●職人魂の発揮と徒弟制度の企業文化

「ブラック企業」と聞くと、売り上げや利益などの業績数字を上げるために、不当な過重労働をさせるイメージがあるが、報道機関の場合、現場に売り上げや利益の目標があるわけでもなく、そのようなイメージが単純に当てはまるものではない。では、なぜこのような「ブラック労働」が発生してしまうのか。

奥村信幸教授

元テレビ朝日の記者/報道ディレクターで武蔵大学社会学部の奥村信幸教授は、報道現場が「ブラック労働化」するのには構造的な問題が背景にあると考える。例えば「プロダクトに完成形がないこと」だ。工業製品と違って明確な完成がなく、映像や記事はいくらでも改善できてしまう。

「数秒の1カットを20通り考えて選ぶ人もいた。楽しくてやめられない人と、そこまでやらなくてもという人がいるけど、明確な完成品というものが決まっていないから作業をどこで終わらせるか決められないことも多い」

そうした「職人魂」が、よりいい記事や番組制作に繋がっていくかもしれない。一方で、そうした仕事のスキルは系統化されておらず、徒弟関係や現場で盗んでいくしかない。ここに2つ目の「企業文化」の問題がある。奥村教授は言う。

「仕事のスキルを教えることと言うことを聞くことがセットになっていて、上司は一生懸命さを態度で要求するケースが多々ある。チームワークを重んじるあまり、強いリーダーシップとチーム員の拘束とをはき違える上司もいる。テレビだと特にディレクターやカメラマンは『師匠』が言ったことが絶対で逆らえないことも多い」

さらに、「客観的な基準がない記事や番組の評価システム」も原因の一つだと指摘する。

「報道現場の人事評価においては、とにかく『特落ち』しないようにという防御意識が強く働いている。とにかく夜回り取材に出て行かないと怠けていると判断されるような空気の中では、記者個人も次第に記事の中身で勝負するという意識がなくなってしまう。ある程度会社の中で地位を得たい、やりたい仕事がやりたいという思いがあれば、上司の顔色をうかがい、成果が出ないとわかっていても夜回りなどをせざるを得ない」

ただ、プロダクトの評価は視聴率やページビューなど単純な数値だけでは測れないのも事実だ。奥村教授が外報部のデスク時代にも、担当した日のニュースの視聴率を業務評価に反映する取り組みが試験的に始まったが、結局うまく機能しなかったという。報道機関が視聴率やページビューを追求することがそもそもいいのか、という問題が出てくるだろう。

奥村教授は言う。「人を相手にする仕事で自分の思い通りに仕事ができないため、ある程度の残業は仕方がない部分もある。とはいえ、昔からの企業文化が温存され、仕事のシステムも旧来のまま。経営サイドにいる各社の上層部が、経営判断として『そんな残業はやめよう』とリーダーシップを取るべきだ」

●時間を減らせとだけ言われても

朝日新聞社は2017年12月、長時間労働是正に向け時間外労働時間月180時間以上の人数をゼロにし、月平均100時間以上の職場をなくすなどといった数値目標を設定した。「過労死ライン」とされる月80時間以上を大幅に超えた数値目標に驚くが、同時に何か抜本的に現場の仕事が見直された訳ではないという。

そして、所属長は達成状況の報告が求められるため、現場の記者にとにかく労働時間を短くするよう求めると言う。ある記者はこうこぼす。「仕事量は変わらないのに、時間を減らせと言われてもどうすればいいかわからない」。長時間労働が発生しやすいメカニズムがあるからこそ、何か省力化をしていかない限り、今後も長時間労働や過労死はなくならないだろう。

過労死したNHK記者・佐戸さんの母恵美子さんは講演で、「災害や事件で一刻の猶予もならぬ人の生死に関わるような取材活動に奔走した結果ならともかく、選挙の当確を一刻一秒早く打つためだけに200時間を超える時間外労働までして娘が命を落としたかと思うと、私はこみ上げてくる怒りを抑えることができません」と涙ながらに話した。その言葉の意味を、もう一度考え直したい。(弁護士ドットコムニュース・出口絢)

(弁護士ドットコムニュース)

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