「静かな退職(Quiet Quitting)」と呼ばれる働き方が日本でも広がりつつあります。実際に退職するわけではないが、与えられた業務について最低限の働きをし、それ以上特に努力するわけではなく、業務に主体的に関与しようとはしない働き方のようで、数年前からアメリカを起点に広がりを見せているようです。
マイナビの調査(マイナビ 正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績))によると、「静かな退職をしている」と回答した正社員は20代から50代すべての年代で4割を超えていました。
このような働き方をする従業員にいてほしくないと考える企業もあるかもしれません。「静かな退職」の働き方を実践することに、リスクはないのでしょうか。簡単に解説します。
●「静かな退職」そのものは違法ではない
まず前提として、熱意をもって働かないこと自体は法的に問題とはいえません。
なぜなら、労働契約で求められているのは、合意された業務を提供することであり、仕事への熱意や自己犠牲までが義務とされているわけではないからです。
労働者は労働契約に基づき、職務専念義務、企業秩序遵守義務、使用者の業務命令に従う義務などを負います。しかし、これらの義務は「与えられた業務を誠実に遂行する」という範囲で理解されるべきものです。
したがって、仕事以外の生活を重視する働き方や、積極的に残業や追加業務を引き受けない姿勢自体が、直ちに労働契約違反となるわけではありません。
●人事考課では評価が下がる可能性がある
ただし、人事考課の場面では話が変わってきます。
人事評価というのは、最低限の義務を果たしているかどうかを見るものではなく、成果や主体性、組織への貢献度を総合的に評価する制度です。そのため、熱意をもって働いている人と比べて評価が低くなること自体は自然なことであり、違法とも不当とも言いにくいのが実情です。
企業は、就業規則に定められた評価制度に基づき、客観的かつ公正に評価を行う義務があります。しかし、「最低限しか働かない」という姿勢が人事考課上マイナスに評価されること自体は、合理的な評価の範囲内といえるでしょう。
●評価が下がることと賃金を下げることは別問題
ただし注意が必要なのは、評価が下がることと、賃金を減額することは同じではない、ということです。
賃金は労働者の生活の糧であり、労働契約の中でも特に重要な事柄です。契約は当事者の合意によって成り立っているものですから、その内容を変更するには両者の合意が必要であり(労働契約法8条)、会社側で賃金を一方的に減額することはできないのが原則です。
同意を得て行う場合でも、本当に同意があったといえるのかはかなり厳格に判断されます。最高裁の判例でも、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点から判断されるとされています(山梨県民信用組合事件・最判平成28年(2016年)2月19日)。
同意を得て行う場合でなくても、職務や職能に対応した賃金制度を整備し、その制度にのっとって評価を行い賃金を決定することで、結果として給与が減額されるという取扱いは可能です。ただし、賃金制度が公平かつ合理的であることが前提であり、客観的な基準なしに特定の人を狙い撃ちする措置は権利濫用として認められません。
裁判例では、人事考課による賃金減額について、職務内容などの変更がないのに複数回の減額が行われ、結果として月額賃金が当初に比べて29%減額されていた事案で、当初賃金の10%を超える部分は権限濫用として無効とされた事例があります(マーベラス事件・東京地裁令和4年(2022年)2月28日判決)。
●整理解雇の場面では考慮要素となる
企業が経営上の理由で人員削減を行う整理解雇の場面では、状況が変わってきます。整理解雇の有効性は、人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性、手続きの妥当性という4つの要素を総合的に考慮して判断されます。
「人選の合理性」において、最低限の業務はこなしていても積極的な貢献が少ない人が候補になりやすいのは、一定程度やむを得ない側面があります。ただし、客観的・合理的な基準であること、基準が事前に明確化されていること、恣意的な適用でないことが求められ、「意欲がない」といった主観的・抽象的な基準のみでは不十分です。
「静かな退職をしているから解雇できる」という単純な話ではなく、経営上の必要性の中で評価要素の一つとして考慮されるにとどまります。
(参考資料)
「ベンチャー企業の法務AtoZ - 起業からIPOまで」(後藤勝也、林賢治、雨宮美季、増渕勇一郎、池田宣大、長尾卓/中央経済社、2016年10月)
「実務家のための労働判例読本 2023年版」(芦原一郎/経営書院(産労総合研究所)、2023年5月)
「多様な働き方の実務必携Q&A - 同一労働同一賃金など新時代の労務管理」(三上安雄、緒方彰人、増田陳彦、安倍嘉一、吉永大樹/民事法研究会、2021年4月)
監修:小倉匡洋(弁護士ドットコムニュース編集部記者・弁護士)