長時間労働が常態化し、教員不足が深刻化する中、その働き方改革の柱とされる改正「給特法」が11日、参議院本会議で成立した。
岐阜県の公立高校で教壇に立ちつつ、現場の実情をうったえ続けている西村祐二さんは「今回の改正は評価できない」と強く批判する。
自身の過酷な労働経験を交えながら、教育現場の沈みゆく実態を語った。(弁護士ドットコムニュース・玉村勇樹)
●「自転車操業のようだった」教員になってからの7年間
「スーパーに行くことすら考えられなかった。生活のことは全部、妻に任せていた」
そう語る西村さんは、教員になってから7年間を「自転車操業」と振り返る。
朝6時に起床し、授業準備から1日が始まる。定時は午後5時までだが、その後も3時間以上の残業が日常だった。帰宅後も夜10時から11時半まで翌日の授業準備に追われ、精神的な余裕はまったくなかった。
これは決して例外ではない。文科省が2022年度に実施した教員勤務実態調査によれば、月80時間以上の「過労死ライン」を超えると想定される教員の割合は、小学校で16.6%、中学校で36.6%に上っている。自宅での持ち帰り仕事を含めれば、実態はさらに深刻だ。
●「減らしても、また増える」業務削減は"いたちごっこ"
政府や自治体は、学校行事の見直しや外部委託の導入など、教員の業務削減を進めている。
しかし、西村さんは「何かを減らしても、また新しい業務が加わる」と"いたちごっこ"のようだと指摘する。
たとえば、コロナ禍に学校行事は縮小されたが、一方で「GIGAスクール構想」が始動。1人1台のタブレット端末が配布され、教員は機器管理やICT対応に追われた。
議論が進められている次期学習指導要領においても、授業時間の削減は明言されていない。
「業務は減らないのに、『早く帰れ』と求められる。(結果として)持ち帰りの仕事が増えるのでは」と西村さんは危惧する。
●「手取りを増やせ」とは誰も言っていない
改正給特法では、時間外手当の代替として支給されている「教職調整額」について、現行の月額4%から年1%ずつ引き上げ、2031年には10%とする方針が盛り込まれている。
しかし、西村さんは「手取りを増やせとは誰も言っていない。教師を殺す気かと思う」と厳しく批判する。
とくに問題視しているのは、教員勤務実態調査の継続が明言されていない点だ。
「調査さえ継続してくれたら、やっぱり残業時間は減らなかったと明らかになるし、そこからもう一度、議論が起きるはず。調査すらしなければ、ブラックボックス化してしまう。(働き方改革に)やる気が感じられない」と憤る。
●教員不足の現実、「定員割れ」の異常事態も
教員不足は、いまや全国的な危機となっている。
2025年度の教員採用試験では、佐賀県と宮崎県で小学校教員の倍率が「0.9」倍となり、ついに「定員割れ」が発生した。出願者数が採用人数を下回る異例の事態だ。
西村先生のもとにも、教職課程に進んだ卒業生から不安の声が届く。
「いつも朝早く来て、夜帰っている姿を見る。本当に教職に就いていいのかと。『そんなことないよ』とは言えない。(実際)その通りなんです」
かつて「安定した仕事」として人気だった教職も、いまや「ブラック」と揶揄されるのが現実だ。
「いろんな人が声を上げているから、数年後にはマシになっているかもしれないとか、一緒に現場に入るなら一緒に変えていこうよと伝えたい。それが正直な思い」
●「このままでは船が沈む」
西村さんは今の学校教育の現場を「沈みかけた船」にたとえる。
「荷物が多すぎて沈みかけている。そのうえ給特法という法律で(船底に)穴が空いている。そのなかで荷物も減らさず、教員という船員も減る中で、なんとかみんなでバケツリレーして水をかき出しているような状態です」
だからこそ国には、教職を志す若者が未来や希望を持てるような政策を求めたいという。
「この船には教員だけでなく、子どもたちもたくさん乗っている。教育という船を沈めてはいけない。給特法の下では限界が来る。そのときに、もう一度、抜本的な議論をすることが大事です」