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経済同友会のスタートアップ「残業規制」撤廃論の安直さ 労使双方の弁護士から批判の声 
経済同友会が入る日本工業倶楽部別館(奥の建物、Googleストリートビューより)

経済同友会のスタートアップ「残業規制」撤廃論の安直さ 労使双方の弁護士から批判の声 

経済同友会が4月12日、スタートアップ企業の成長策として、一定の要件を満たした企業は時間外労働の上限規制の適用対象から外すべきだという提言を発表した。働き方改革に伴う労働基準法改正で、時間外労働時間は原則「月45時間、年360時間」と定められている。

ネット上では「経済団体幹部に本気で言われると全く笑えない」「上場のために過労死しろということか」などの意見が出ている。労働事件を扱っている弁護士は提言をどう考えたのだろうか。(ライター・国分瑠衣子)

●経済同友会、健康管理措置を講じたうえでの規制撤廃論を展開

経済同友会が提言したのは「創業期を越えたスタートアップの飛躍的成長に向けて」。日本では創業・起業支援で、新規上場数などは年々増えてはいるが、メガスタートアップが生まれる兆しは見えず、創業期を越えたスタートアップの飛躍的成長を促す取り組みが重要としている。

成長支援策として、同友会は日本独自の会計処理や働き方などの見直しについて7項目を提言した。M&Aで発生する「のれん」の日本基準の見直しや、スタートアップへの出資やM&Aを促進させるための会計・税務基準の見直しを求めた。

この7項目の1つに時間外労働時間の上限規制撤廃論が出てくる。「一定の対象範囲と適用要件を満たすスタートアップに関しては時間外労働の上限規制の適用対象から除外し、個人が自らの意思に基づき、実情に応じた多様で柔軟な働き方を選択できる実効性の高い制度を構築すべき」と提言した。

除外する場合は、労使合意の下、定期的な健康診断やウエアラブルデバイスで健康状況のモニタリングをすることなどで、健康管理措置を講じる必要があるとした。

●労働弁護士「甘い上限規制なのに、それすら撤廃しようとすることに驚き」

この提言に対し、労働事件を扱う弁護士からは懸念の声が上がっている。

労働者側の市橋耕太弁護士は「創業期を過ぎたスタートアップの中には、労使間で雇用に関するルールが十分に共有されていなかったり、労働組合も多くなかったりといった背景から労働問題が頻発しているという感覚があります。現状で守ることができていないことを、正当化しようとする提言と感じました」と話す。

「そもそも今の労働基準法の上限規制はかなり甘いんです」と市橋弁護士は言う。

どういうことだろうか。36協定を締結して、時間外労働を可能にしたうえで、その上限は、労働基準法では原則「月45時間年360時間」だ。だが、この原則を超えても良いとされる特別条項があり、適用されると年間720時間となる。さらに休日労働を含めると年960時間が上限になる。

これは脳や心臓の疾患で過労死と認められる「過労死ライン」(残業時間が直近1カ月で100時間、直近2~6カ月で平均80時間)になり、裏返せば過労死ラインのギリギリの上限規制で、問題視されている。

市橋弁護士は「甘い上限規制なのに、それすら撤廃しようとすることに驚いています。法律をきちんと理解した上での提言なのでしょうか。提言の中身を読んでも『自らの成長・キャリアアップを強く求める人材も多いスタートアップでは健康管理を条件に労働時間の制約を見直すことが必要』など、あたかも労働者が長時間労働を望んでいるような書き方で、使用者側の願望が色濃い。労働者の健康、生命を軽く見ていると言わざるを得ません」と話す。

市橋弁護士はこう提言する。「スタートアップが革新的な技術やアイデアで成果を出したいという狙いは理解できます。ですが、労働時間と成果は比例するものではありません。同友会が提言すべきは、ルールの下で公正な競争を促すことではないでしょうか」

●使用者側の弁護士「大企業の副業解禁など、他に有効な策はある」

使用者側の労働事件を主に扱う、向井蘭弁護士も経済同友会の提言には違和感を持つ。「スタートアップだけ特例を適用することは法的にも政治的にも難しいし、その必要はないと考えています。そもそも労働規制を緩和しなければ成長できないという同友会の考え方は古いと思います」と話す。

「かつてITベンチャーの社長が『ヒルズ族』などと呼ばれたころは、スタートアップは徹夜や長時間労働が当たり前という風潮があったかもしれません。ですが、今はそんな時代ではない。経済同友会は国に上限規制の撤廃を求めるよりも、大企業に更なる副業解禁を働きかけ、大企業にいる優秀な人材の市場解放を求めたほうがいいのではないでしょうか」

労働時間を考慮しない成長策として「雇用契約に縛られない副業や、フリーランスなどプロフェッショナルとの業務委託契約も選択肢の1つ」と語る。その場合、業務委託先の人たちを会社が指揮命令下に置いて、実質的に労働者として扱うことは許されないが、業務を切り出してプロに発注すれば、その部分については労働時間ではなく、成果物がベースとなる。

向井弁護士は「副業・兼業を含めて業務委託でやるなら、時間に縛られない働き方はできます。忙しければ、依頼を断ったり、値上げを要求したりすればいいのです。自己責任の世界なので、決して全員に推奨するものではありませんが、そのような働き方が向いている人もいるでしょう。

企業の側も、多様な働き方が増える中で、雇わない経営でも成長はできます。どの部分を雇用契約の従業員が担い、どの部分を業務委託の人たちに任せてやっていくのか。使用者は発想を転換する時にきていると思います」と話している。

今回、労働者側と使用者側の双方の弁護士に話を聞いた。もちろん、立ち位置ゆえの見解の違いはあるが、共通していたのは、規制を緩和すればいくらでも働けて成長できる、という単純な論理は安直すぎる、ということではないだろうか。スタートアップの組織運営のあり方も含めて、まだ考えるべきことはありそうだ。

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