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ダイヤモンド・オンライン連載企画/悩める社長におくる円満退職のための法律知識
ダイヤモンド・オンライン連載企画

ダイヤモンド・オンライン連載企画/悩める社長におくる円満退職のための法律知識

うつ病は今やがん・脳卒中・心筋梗塞・糖尿病の4大疾病に並ぶ病気として認識されている。職場にうつ病に苦しむ同僚がいるということも、決して珍しいことではない。完治するには専門的な治療と、往々にして休職期間が必要で、一定の時間が必要だということが社会では広く知られるようになった。しかし、この状況を会社の経営者側から見れば、違った景色となる。欠員が出るために他の社員への配慮をしなければならず、さらに業績へのインパクトを最小限にしなければならない。場合によっては冷徹にその社員の処遇を判断しなければならない事がある。今回は、悩みに悩んだ末に決断を下したある社長の事例から、労働関連法を見ていきたい。

●社員を思えばこそ……悩み抜いた社長の決断

 「先生、言いにくいのですが……、社員を一人、辞めさせたいと思っています……」

 事務所に法律相談にやってきた中小企業の社長を務めるA氏は、まるで悪いことをしてしまったかのような様子だった。

 「実はうちの会社の社員が、ひどいうつ病にかかっていて、長期の休職中なんです。もうすぐ休職期間が満了するのですが、いっこうに病気がよくなりません。私としては、彼には会社を辞めてほしいと思っています……」

 長期間休職している社員がいるために、他の社員の仕事の負担が増えているようで、職場に不満がたまっているという。社内の雰囲気が悪くなっていることに、社長は危機感を感じているようだった

 「それに正直言って、会社はうつ病の社員の社会保険料まで立て替えていて、彼は働いていないのに……。その負担もばかになりません」

 A社長によると、うつ病の社員の会社負担分の社会保険料だけでなく、本人負担分の社会保険料も立て替えてきたという。A社長は社員に対してできる限りのサポートをしてきた。しかし、それも限界で、つい本音が出てしまった。

 社員の年収にもよるが、平均的な年収の社員の会社負担分と本人負担分の両方を年間通して負担すれば、100万円は下らない。コストを切り詰めてなんとか収益を確保してきた中小企業にとっては、大きな額である。

 うつ病の社員に早く良くなって仕事に打ち込んでほしい、他の社員にも気持ちよく働いてほしい、でも業績は上げなければならず、これ以上のコスト負担は厳しい――。

 病気の社員を一人辞めさせるという後ろめたさもあり、社長は悩んだ末に来所したのだった。

 そこで社長のA氏は、さっそく就業規則を確認した。ところが、休職の規定はあるものの、休職期間満了の際に復職できそうもない場合に、その社員の処遇をどうするかの明文の規定がないことがわかった。
 「私としては、その社員に辞めてもらいたいのですが、明文の規定がない状況で解雇するとなると、問題が発生しそうですし、彼も生活があるので、やすやすと退職に応じてくれそうにありません。なんとか、円満に解決する方法はないでしょうか」

●いまや患者は300万人超 「5 大疾病」の一角を占めるうつ病

 最近、企業の経営者や人事担当者の方々から、うつ病と診断され、休職となる社員が増えているという声をよく耳にする。

 実際、厚生労働省の2009年のデータによると、がん患者数はおよそ152万人、糖尿病患者数はおよそ237万人に対し、精神疾患患者数は既に323万人を超えている。2006年の医療法改正で、がん・脳卒中・心筋梗塞・糖尿病を「4大疾病」と定めたばかりだったが、昨年7月、急増する精神疾患を加えて「5大疾病」として重点対策を進めるための方針を発表している。この数字が物語るように、うつ病などの精神疾患の社員も急増する傾向にある。

 うつ病やその他の精神疾患と診断された社員の多くは、それまでと同様の働き方をすることが困難となり、休職となることが多い。休職期間が長期化することも多く、いったん復職したとしても、再度の休職となることも少なくないという。

 当然、先のA社長の会社の社員のように、長期の休職期間を経ても病状が改善せずに復帰の見込みのない場合も起こりえる。その場合、現実には、使用者としては、その社員に退職してもらいたいと考えることがある。

 これは特に中小企業に多い傾向があるようだ。というのは、大企業の場合、欠員が生じても他の社員によって労働力の補充をすることが可能となる場合があるからだ。しかし中小企業では、A社長の会社のように1人の欠員が出ただけでも、他の社員に大きなしわ寄せが行ってしまい、他の社員に不満が募るケースは少なくない。
 それだけでなく、うつ病の社員に辞めてもらい、社会保険料などの出費を抑えたいと考えることも、使用者が退職させたいと考える大きな理由となる。

 これは中小企業経営の現実から考えて、ある意味自然なことなのかもしれない。
 もし使用者が社員に辞めてもらおうと考えた場合、まずは自社の就業規則の内容を確認する必要がある。そこで就業規則に休職から退職につながるような明文の規定がないなら、どんなに休職期間が長く続き、辞めてもらいたいと考えたとしても、簡単に辞めてもらうことはできない。

 強引に退職に追い込んだり解雇したりすれば、「解雇権の乱用だ!」と訴訟に持ちこまれる可能性もあり、事が大きくなれば使用者は頭を抱えることになる。就業規則によっては、長期間休職する社員にいつまでも辞めてもらうことができない、という事態になってしまう。 

●「解雇」は不必要な摩擦を生む 円満な「退職」のために必要なこと

 使用者は、円満に解決するためにはどうすればいいのか。

 まず考えられる方法は、自社の就業規則を見直すことだ。その際のポイントは、休職期間満了までに、休職の原因となった事由が消滅しない場合には、「当然に退職とする」という規定を設けることだ。

 法律の世界では、本来の労働契約に沿った労務の提供ができない場合は、債務不履行となると考えられており、また休職制度は、解雇猶予措置と考えられている。そのため、休職期間が満了したにもかかわらず、労働者が本来の労働契約に沿った労務の提供ができない場合に、債務不履行として労働関係の解消が論議されることは普通のことだ。

 かつては、「休職期間満了までに休職の原因となった事由が消滅しない場合には解雇となる」という規定を盛り込んだ就業規則もあった。

 しかし、労働者を「解雇」するには、当該企業の規模や業種、雇用形態等を考慮した上で、その解雇が社会的に相当であることが必要とされる(労働契約法16条)ほか、30日前の予告手続きが必要となる。あるいは予告がない場合には、予告手当が必要となり(労働基準法20条)、さらには「解雇」という言葉のニュアンスが、労使間に不必要な摩擦を生じさせる可能性もある。

 そこで、最近では、休職期間満了までに、休職の原因となった事由が消滅しない場合には、就業規則に、「当然に退職する」という規定を盛り込む方が妥当だと考えられるようになってきている。

 仮にA社長の会社の就業規則にこの規定が盛り込まれていたなら、A社長は「当然に退職する」と規定した就業規則にしたがって、社員に退職するよう促すことになる。

●退職の規定がない場合は双方の合意へ話し合いが不可欠

 では、A社長の会社のように、就業規則に退職の規定がない場合はどうするか。この場合は労働者と粘り強く交渉しつつ、退職の合意を取り付けるしか方法はない。
 使用者にとって従業員を「解雇」するという選択肢もあり得るが、労働者を解雇するには、前述のようにその解雇が社会的に相当であることが必要とされる。

 ただ、使用者側からの一方的な解雇は無用な労使間のトラブルが発生する可能性が高い。したがって、使用者は労働者に対し、実質的には「解雇」の要件が備わっていることを粘り強く説明しつつ、労使双方の合意によって「退職する」とすることが望ましい。

 万が一、就業規則自体が存在していなかったり、就業規則があっても休職規定が存在していなかった場合は、同規模・同種の企業の一般的な就業規則に規定されている休職期間を参考にする方法がある。その上で、同程度の期間欠勤することを承認し、うつ病などの精神疾患の社員が復帰できない場合には解雇の要件が備わっていることを説明し、「退職」を促すことになる。

 冒頭のA社長は、うつ病の社員に休職期間中に回復に努めるよう指示し、復帰を待つことにした。

 しかし、うつ病の社員は容易に復帰することができず、結局1年以上が経過。困り果てたA氏は、代理人弁護士を依頼し交渉を依頼した。ほどなくして社員側も代理人弁護士を依頼し、以後代理人弁護士同士の交渉となった。

 A氏としては、この時点ですでに退職してもらうことを考えていたが、退職後に問題が生じないよう、円満に退職してほしいと考えていた。依頼を受けたA氏側弁護士は、会社復帰が無理であると予想しつつ、あえてうつ病の社員の代理人弁護士に対し、会社復帰時期を明らかにしてほしいと打診。いずれ社員側から、会社復帰ができないと認めた上で退職を申し出てくるだろうと予想していたからだ。その場合には退職後に問題が生じるおそれはないと考えたのである。

 うつ病の社員の代理人弁護士は、当初は、今しばらく様子を見てほしいと主張していたが、予想通り3ヵ月ほどして復帰は無理であるから退職したいと連絡してきた。

 結局、A氏側は、立て替えていた本人負担分の社会保険料を社員には請求しないこととし、退職が決まった。

 A氏のような経営者だけでなく、人事関連部署の社員や現場の管理職、社員自身も、まずは就業規則のなかで、休職から退職につながる項目をチェックをすることが大事だ。

 比較的新しい会社は、休業期間中に復帰できない場合には、退職となる規定が用意されていることが多い。ところが問題は、何年も前に就業規則をつくったような会社で、これまで比較的問題が起こってこなかったような会社だ。

 このような会社は、問題が起こっていなかったという点では優良企業だが、それゆえ何年も前に作成された就業規則が問題の種となりかねない。

 「うちの会社は大丈夫」と安心する前に、一度、弁護士や社会保険労務士に相談することをおすすめしたい。

プロフィール

中里 妃沙子
中里 妃沙子(なかざと ひさこ)弁護士 丸の内ソレイユ法律事務所
東北大学法学部、南カリフォルニア大学ロースクールLLMコース終了。平成7年4月弁護士登録・東京弁護士会・研修センター運営委員会 委員

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