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「崩れたら家が潰れる」都心屈指の住宅街で何が…東京地裁が工事停止命令を出しても“危険”が残るワケ
現場の様子

「崩れたら家が潰れる」都心屈指の住宅街で何が…東京地裁が工事停止命令を出しても“危険”が残るワケ

東京都渋谷区富ヶ谷のマンション建設予定地で、工事用の盛り土に土砂崩れの危険があるとして、近隣住民が工事中止を求めている。

東京地裁は今年3月、渋谷区に対し事業者へ工事停止命令を出すよう義務付ける仮処分決定を出した。

ところが工事が止まった今も、現場には盛り土や切土からなる高さ約10メートルの崖が残され、住民は「危険な状態が続いている」と不安を募らせる。

なぜ、裁判所が工事停止を命じたにもかかわらず、危険は解消されないままなのか。(ライター・玖保樹鈴)

●当初はマンション建設に「反対」していなかった

マンション建設予定地にはもともと、北海道拓殖銀行が所有する10数世帯の集合住宅が建っていた。1997年の拓銀破綻後、所有者が2度変わり、2024年7月30日に都内のマンションデベロッパーへ所有権が移転すると、41世帯ものマンション建築が計画された。

敷地面積2615.32平米(約791坪)。債権額は14億9800万円で、これは土地の購入価格ではないものの、単純計算すると坪単価は約189万円となる。

道路に接する幅は約3メートルしかなく、約10メートルの高低差がある傾斜地だ。一方で、富ヶ谷1丁目の地価調査における近隣地域の標準的な画地の坪単価は2024年時点で約400万円で、実際の売買価格は坪600万円以上となっていた。

建設予定地の近くに住むAさんが、地上3階・地下1階のマンション建設計画を知ったのは2024年9月だった。

同年10月の住民説明会では、既存建物や擁壁を解体した後、「渋谷区建築物の解体工事計画の事前周知に関する条例」に基づいて、新たな擁壁を作る計画が説明された。

当時、Aさんはマンション建設そのものには反対ではなかったという。

「老朽化した建物が壊され、新しいマンションができれば近隣の地価が上がるかもしれない」

しかし、その印象は工事開始とともに一変する。

●「崖の上を大型重機が走っていた」

2025年1月8日午後9時40分ごろ、自宅にいたAさんは、大きな振動と重低音を感じた。マンション建設地に大型重機が搬入された音だった。

自宅にあった騒音計を見ると、96デシベルを指していた。一般に90デシベルを超えると「きわめてうるさい」とされる。

この日以降、車1台がようやく通れる幅の道路に大型重機が出入りするようになり、方向転換の際には近隣住民の家の敷地内まで入り込むこともあったという。

「騒音だけではなく、振動も激しくて、家中の物が揺れていました。娘は在宅勤務を続けることが不可能になりましたし、予定地に隣接する家で飼われている猫も、工事が始まってから円形脱毛症になりました」

建設予定地を見下ろせる建物から近隣住民が確認すると、既存の擁壁が撤去されたあと、H鋼と木製の横矢板からなる土留めに頼る状態になっていた。そこに高さ約10メートルの崖ができ、重機が行き来していた。

この土留めは後から仮設的に作られたもので恒久的な擁壁ではなく、雨が降るたび、現場から流出したとみられる土砂が崖下の道路へ流れ出るようになった。

「万が一、盛り土が崩落すれば重機ごと崖下に落ち、下に住む方たちの家が押しつぶされるかもしれない。そう考えると強い恐怖を感じました」

●事業者「開発行為ではない」と説明

近隣住民の間では「マンション造成のために盛り土を築くのは、開発行為にあたるのではないか」「危ない崖なのに擁壁がないままにしておくのは、盛土規制法に違反しているのではないか」という疑問が広がった。

しかし、2025年6月の住民説明会で、デベロッパー側は「(今回の工事は)開発行為ではない」と説明した。

新たな建築物のために土地の形状を変更する「開発行為」によってマンションを建てる場合、別の道路に繋がるまでの道路の幅は、6メートル以上必要とされている。

しかし、山手通りと予定地をつなぐ道路幅は、4メートルに満たない箇所もある。ここを広げない限り開発要件を満たすことはできないが、他者の土地も含まれるためおよそ現実的ではない。

さらに2022年に成立し、2023年に施行された盛土規制法では、宅地の建築現場(建物がある部分を除く)に高さ2メートル以上の崖を生じさせる盛り土や切土には都道府県知事(特別区の場合は区長)の許可が必要となっている。

2025年7月、Aさんら近隣住民が渋谷区に問い合わせたところ、区は「開発行為に該当するかは確認中」と回答した一方、デベロッパー側は従来の主張を変えなかった。

その後、情報公開請求によって、デベロッパー側が盛土規制法に基づく許可申請を出したのは2025年8月、渋谷区が許可したのは同年11月だったことが判明した。

「工事が始まって半年以上経って、ようやく申請が出されていました。それまでは区も『許可は必要ない』として、危険な工事を止めてほしいという住民の声に耳を貸しませんでした。そこで私たちは2025年10月、工事の中止を求める裁判を起こし、仮処分命令を申し立てました」

●東京地裁、盛土規制法違反を理由に工事停止を義務付け

住民側は、高さのある盛り土や切土によって土地の形を変えることや、振動・騒音・土砂崩れの危険性などから、今回の工事は都市計画法上の開発行為にあたり、盛土規制法に違反すると主張した。

東京地裁は今年3月31日、盛土規制法の許可を受けないまま工事を進めたことは同法12条1項に違反すると判断した。

さらに工事継続の危険性を認定し、本来は工事停止命令を出すべき渋谷区長が監督処分をおこなわなかったことについて「裁量権の逸脱または濫用にあたる」として、区に対してデベロッパーへ工事停止命令を発するよう義務付ける仮処分決定を出した。

●渋谷区は即時抗告「工事停止は望ましくない」

これを受けて、工事はいったんストップした。

しかし渋谷区は4月7日、この決定を不服として即時抗告した。

区はホームページで

・工事開始当初から安全性を最優先に考え、工事の進捗状況や安全対策の内容を随時確認し、事業者および施工業者に対して必要な指導を行いながら、安全確保の徹底に努めてきた

・既に山留壁の設置が完了し、今後はより強固な新設擁壁を築造する計画であるため、今の段階で工事を停止することは安全性の面で望ましくない

などとしている。

これに対して、Aさんは「住民に直接説明することは一切ありませんでした。なぜ区民の安全を第一に考えられないのか」と疑問を呈する。

●施工会社も「長期間の安全確保は容易ではない」

工事が止まった現在も、現場はブルーシートと高さ約2メートルの鉄製の仮囲いで覆われている。

Aさんによると、今年3月4日には、敷地内の南東側の地盤が崩落し、仮囲いと隣家が接している間に空洞が生じるなど、土砂が抜け落ちた状態が確認されたという。

施工会社は2026年4月、渋谷区に対して、工事が中断した状態では斜面の安全性を長期間維持することは容易ではなく、大雨など想定を超える降雨時には管理だけで安全を維持することは難しいとして、恒久的な安全対策工事の必要性をうったえる書面を提出した。

この書面は「安全確保のために停止命令の一部停止もしくは変更を求めるべく、可能な限りの法的手段を東京地裁に対して執ってもらいたい」と結ばれており、工事再開をうったえるのが趣旨だった。

一方、住民側は、この書面自体が、現場の危険性を施工会社も認識していることを示す内容と受け止めている。

●住民はデベロッパーを刑事告発

こうした状況を受けて、一部の近隣住民が今年4月21日、盛土規制法違反の疑いがあるとして、デベロッパーについて刑事告発状を代々木警察署に提出した。民事訴訟だけでなく、刑事責任も問う構えだ。

「私たちは、マンション建設そのものに反対しているわけではありません。安全への配慮がない計画に基づく工事を止めてほしい。そして、このずさんな建築計画の責任はどこにあるのかを明らかにしてほしいだけなのです」

6月16日には、民事訴訟の口頭弁論が東京地裁で開かれた。

原告代理人の鬼束忠則弁護士によると、この裁判では工事停止だけでなく、安全確保のために現在残されている盛り土や切土の除去を事業者に命じるよう、渋谷区へ義務付けることを求めていく。

また、マンション建設が都市計画法29条1項が定める「開発行為」に該当するかについても、引き続き争っていくという。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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