ある日突然、音信不通だった父親が孤独死したという警察からの知らせ。父親が借りて住んでいたアパートの不動産会社からは、部屋にある家財道具の片付けや処分、部屋のクリーニング費用を「相続人である私たち子どもが負担するのが当然」と迫られ、困っているという相談が弁護士ドットコムに寄せられました。
相談によると、父親は母親と離婚してから30年も連絡がなく、知らない町で孤独死をしていたそうです。子どもたちは父の遺体を火葬するのが精一杯な状況で、部屋の片付けやクリーニングの費用まで手が回らないと訴えています。
また、アパートで一人暮らしだった父親が亡くなり、子どもたちは相続を放棄する予定であるものの、「大家さんにお世話になったので、片付けだけはしたい」という相談もありました。亡くなった親の相続を放棄した場合、親が暮らしていた部屋の片付けは誰が負担すべきなのでしょうか。好川久治弁護士に聞きました。
●「賃貸借契約の保証人が原状回復義務を負担する」
絶縁していた親の部屋の片付けや家財道具の処分などは、誰が負担すべきなのでしょうか?
「まず、賃貸借契約の保証人がいれば保証人が部屋の片付けや家財道具の処分などの原状回復義務を負担することになります。
問題は、保証人がいない場合です。
子が親の相続を放棄すると最初から相続人でなかったことになります。つまり親が負担した権利義務を最初から引き継がなかったことになりますので、親が負担した原状回復義務も負担することはなくなります。
したがって、これらの義務は、相続放棄をしていない他の子や、子が全員相続を放棄すれば父母等(直系尊属)が、これらの者も全員相続を放棄すれば兄妹姉妹が順に負担することになります。
兄妹姉妹も全員相続を放棄すると相続人が存在しなくなりますので、利害関係人の申立てより相続財産管理人が選任されるまで原状回復義務を負担する者はいなくなります」
●相続を放棄した上で、片付けをしてもよいが…
では、相続を放棄する予定だとしても、部屋の片付けや家財道具の処分を推定相続人である子どもが勝手に行ってよいのでしょうか?
「部屋の片付けや家財道具を処分することは、遺族として故人の死後の清算として当然期待されることですので、金品や一般経済価値を有する身の回り品を除いて、その後に相続放棄を予定していても可能と考えてよいと思います。
子が親の所有した財産(相続財産)を処分すると、相続を承認したものとみなされ、親の権利義務を全て引き継ぐことになります。これを法定単純承認といいます。
しかし、これには例外あって、保存行為(財産の現状を維持する行為)や法律で定めた短期の賃貸借は相続放棄の妨げにはならないと規定されています」
保存行為とはどういうものでしょうか?
「例えば、(1)一般経済価値を有しない身の回り品の処分、(2)殆ど価値のない故人の物の形見分け、(3) 遺産から葬儀費用や火葬費用を出すこと、などがあげられます。社会一般の常識から考えて相続人に期待されている行為や故人の債権者や債務者に不利益とならない行為などが該当すると言えるでしょう。
親が住んでいたアパートの片付けは、火葬や葬儀とともに親の死後に必然的に伴う清算行為と言えますし、家主だけでなく、相続債権者にとっても、無用な家賃の発生を止めるという意味で不利益な行為ではありません。ですから、金品や一般経済価値を有する身の回り品は別として、その他の物は処分してアパートを明け渡すことは保存行為に該当すると考えてよいと思います。
念のため、処分にあたっては、現状を写真やビデオに収めておくことや、業者に廃棄処分の見積りをとる際に買取り対象となるものがないことを確認しておくこと、また、金品などは預り保管物として相続人の固有の財産と明確に区別して保管しておくことが望ましいでしょう」