子宮頸がんを予防するための「HPVワクチン」の副反応を研究している元信州大医学部長の池田修一氏が、医師でジャーナリストの村中璃子氏らを訴えている裁判が大詰めを迎えている。
村中氏は、月刊誌「Wedge」2016年7月号とウェブの記事で、池田氏らが厚労省の補助金を受けて行なっていた研究に「捏造」があったと表現し、話題を集めた。池田氏は、名誉毀損だと主張。一方、村中氏は、スラップ(いやがらせ)訴訟だとして反訴している。
7月30〜31日にかけ、東京地裁では両陣営の証人尋問が行われ、その後、双方が厚労省記者クラブで会見を開いた。
●実験について厚労省も「不適切」と判断 「捏造」とまで書けるかが争点
「科学的に何が正しいかどうかは議論されること。それは池田氏も承知している。ただ、記者が一般誌で『捏造』と書くことで、研究者にどのような影響があるかを考えてほしい」
池田氏側の代理人・出口かおり弁護士は、裁判の趣旨をこのように説明した。研究に対する批判はあっても良いが、意図的な不正はしていないと言うわけだ。
村中氏の記事は、池田氏が厚労省の成果発表会(2016年3月)で行なった発表を批判するものだった。
池田氏は発表の中で、マウス実験の結果から、HPVワクチンを接種することで脳内に神経細胞を攻撃する抗体ができる可能性を示唆した。これに対し、村中氏は自説に都合が良いデータのみを選んだなどと指摘し、見出しも含め「捏造」という言葉を複数回使っている。
記事公表後、池田氏が所属する信州大学が立ち上げた、外部有識者による調査委員会は、「混乱を招いたことについて猛省を求める」などと報告。ただし、「不正行為は認められなかった」とした。
厚労省も「池田氏の不適切な研究発表があり、国民の皆様の誤解を招いた池田氏の社会的責任は大きく遺憾」と指摘した。
●池田氏は都合の良いデータを選んだことを否定
今回の尋問で池田氏は、捏造とは「まったくないものをあるように言う」ことだと述べた。データの書き換えはしていないという趣旨だと見られる。
発表についても「予備的な実験で、今後の研究の方向性を示すために使った」と説明。研究チームのメンバーから渡されたデータ(スライド)は、発表に使ったものしかなかったとして、都合の良いデータを選んだことも否定した。
その上で、捏造と書かれたことで、「教授会で研究不正の人が部長なのはおかしいと言われ、医学部の運営ができなくなった。捏造・不正と言われると研究ができない。罪人のような扱いを受けた」などと被害を訴えた。
●村中氏側「日本の医学界全体が私を支持している」
一方、村中氏は、池田氏の発表内容は「捏造と言える」とする医学者らの意見書などを提出。尋問の中では、「日本の医学界全体が私を支持している」と述べた。何をもって捏造とするかについては、「存在しない薬害を存在するように発表した」などと説明した。
村中氏が「捏造」とした大きな根拠の1つは、池田氏の研究チームでマウス実験を行なっていたA氏への取材で得られた証言だ。しかし、A氏はこの裁判の中で、当時の発言を一部否定するような証言をしているという。
村中氏は、A氏を取材した際の取材テープの反訳(文字起こし)を証拠として提出するなどしており、記事に間違いはないとする。
仮に当時のA氏の発言が事実と違っても、取材は尽くしており、真実相当性があるため名誉毀損には当たらないとしている。ただし、A氏への取材のあと、A氏が池田氏から取材を受けないよう言われていたことなどから、池田氏には確認の取材はしていなかったという。
村中氏はまた、池田氏が実験の生データを公表していないことも問題視している。
●「捏造」の表現はWedge側が主導
なお、「捏造」という表現は、Wedge側が主導してつけたという。同じく池田氏から訴えられている当時の編集長・大江紀洋氏は次のように述べた。
「論文や学会発表に至らない、成果発表やメディアに対する発表が勇み足だったことに対して、『捏造』と評価して良いかはいろんな議論があると思う。しかし、私たちとしては、一般的な用語して十分『捏造』に値すると考えている」
裁判は次回11月の期日で終結する見込み。