アニメ『呪術廻戦』の七海建人役など、低音ボイスで知られる声優の津田健次郎さんが、生成AIで自身の声を無断で模倣したナレーション動画が投稿されているとして、動画共有アプリ「TikTok」の運営会社を相手取り、動画の削除を求める訴訟を東京地裁に起こした。
AI生成による“声の無断利用”は、どこまで規制できるのか。5月28日には法務省で生成AIによる声などの権利侵害を議論する検討会が開かれ、声優らが出席した。
声優らは、生成AIそのものを否定するものではなく、無断学習によって声に似た音声が生成され公開されてしまう問題を解決できるための議論を求めた。
声優だけでなく、アニメなどの業界全体、ひいてはコンテンツ産業を支える国も考えなければならない問題。その先陣をきった津田さんの訴訟について、福井健策弁護士に聞いた。
●「非常に重要な裁判」となる
──読売新聞によると、津田さん側は不正競争防止法とパブリシティ権侵害を主張しているといいます。今回の訴訟のポイントを教えてください。
非常に重要な裁判ですね。
まず、声そのものには著作権が及びませんから、原告の津田さん側が不正競争行為やパブリシティ権侵害を主張したのは、法的にはオーソドックスな構成といえるでしょう。
これについては、私も委員の末席として参加した2024年の内閣府「AI時代の知財検討会」の中間とりまとめでも、声の模倣によって、これらの権利侵害が成立しうると整理されています。
●不正競争やパブリシティ権のポイント
──まず、不正競争防止法違反についてどうでしょうか。
たとえば、よく知られた声音や喋り方をトレードマークのように利用したり、本人の声だと誤認させたりした場合、成立する可能性があります(周知表示混同惹起行為、著名表示冒用行為、品質等誤認惹起行為など)。
ただし不正競争の場合、たとえば「これはAIの声です」と大きく表示していれば、成立する可能性はやや下がると考えられています。この点は、経産省の検討会議でも整理されています。
──パブリシティ権侵害はどうでしょうか。
パブリシティ権は、他人の「容貌等」が持つ「顧客吸引力」を、専ら利用する目的で使うことを制限する権利です(ピンクレディー事件最高裁判決ほか)。
たとえば、人気声優とそっくりな声を使って、自分の動画配信を差別化したり、注目を集めたりする場合、侵害の可能性が高まります。
パブリシティ権の詳しい射程については、このコラムなどを参照いただきたいですが、パブリシティ権を含む肖像権全般について、法務省の検討会議でも議論の整理が始まり(座長:田村善之東大教授)、28日にも声優のみなさんが問題をうったえましたね。
●聞いた人たちがどう思うかもポイントとなる
──本人に似せたAI音声について、法的には「どこまで似ているか」が問題になるのでしょうか。逆に、どのような要素が判断材料になりますか。
ご説明したように、不正競争防止法違反でも、パブリシティ権の侵害でも、まず重要になるのは、動画を見聞きした人が「ツダケンさんの声だな」「親しみのある『あの人の声』だな」と認識するかどうかでしょう。
この点、「これがダメなら、物真似や声のそっくりさんはみんなダメにならないか」という懸念も一部で聞かれます。
その背景には「声が似ている人は世の中に大勢いる。それを誰かが『本家』として禁止できるのか」「物真似という人の営みをどこまで止められるのか」という問題意識があるのでしょう。
実は、この論点は、米国ではかなり以前から裁判になっています。
たとえば1980年代には、人気歌手のベット・ミドラー(『The Rose』など)に声が似た歌手を起用し、自動車メーカーのフォードがCMを作ったところ、ミドラー側が提訴し、控訴裁はパブリシティ権侵害を認めました(確定)。
ここでも裁判所は、「聞いた人々が“ミドラーの声だ”と思ったか」を重視しています。
つまり、「ああ、これは物真似だな」と受け取られるのか、それとも「本人の声だな」と思わせてしまうのか。この違いは、AI音声をめぐる法的判断でも関連してくる可能性はあります。
●あまりに模倣が作られるとホンモノも埋没しかねない
──「これはAIの声です」とか「津田さん本人ではありません」と書いておきさえすれば、適法ということになりますか。
いえ、そうとは限りません。
これは人間の物真似との違いでもありますが、AIによる声の模倣には、もうひとつ大きな論点があります。
爆発的な速度で学習し、膨大な量を生み出せる点です。
今回の件でも、報道によると、“ツダケンさん風”の動画が短期間で大量に投稿されていたことが問題視されているようです。
仮に、津田さんが長年積み上げてきた仕事量をも上回るような“似た声”のコンテンツが、安価で大量に市場に放たれたら、声優など本職の活動にどんな影響が出るのか。
もちろん、本物の魅力はそう簡単に害されるものではありません。
とはいえ、さすがに大量の「ツダケン風コンテンツ」が市場にあふれれば、本物が埋没したり、「もう聞き飽きた」と受け止められたりするかもしれませんね。
●AI時代特有の「希釈化」リスク
──どう考えればいいのでしょうか。
実は、作品の学習をめぐって、2024年まで文化審議会でも、これと同じことが議論になりました。
文化庁は、たとえ「◯◯風」の作品が大量・瞬時に市場に放たれることがあっても、その生成や、そのための無断学習自体は原則として許容される、という整理を示しています。
ただ、私自身も含めて、特に学習については「それは今後のAI進化やビジネスの状況によるのではないか」という意見も複数ありました。
そして昨年から、米国でも、これと似た議論が高まってきています。
これまでの人間による模倣とは異次元の規模で、AIにより「それ風」の作品や音声が大量生成される。その結果、オリジナルの存在感や市場価値が薄まり、結果としてクリエイター本人らの活動が害される──。この可能性を著作権侵害でも重視する考え方は、「希釈化論」と呼ばれています。
●「個人のがんばり」にゆだねてよいのか
──なるほど、AI固有の争点もありそうですね。
今回の訴訟では、報道を見る限り、元となった津田さんの出演作品の無断学習について、著作権侵害までは主張されていないようです。
ただ、問題の根底には、AIが社会に与える影響への強い課題意識もありそうですね。
また、先行している新聞社が生成AI検索サービス「Perplexity」を訴えた訴訟でも、こうした点は実質的な争点になっていくように思えます。
その意味でも、注目すべき裁判です。
結論の是非を超えて、新しい社会問題について、自ら裁判を通じてルール形成に挑んだ津田さん側の姿勢には、まずは敬意を表したいと思います。
同時に、圧倒的な資本力を持つ海外プラットフォームとの法廷闘争を、個人のがんばりだけにゆだねてよいのか。この点も、社会全体で議論していく余地がありそうですね。