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ネットの誹謗中傷、投稿削除に「ADR」活用? 「おそらく何の役にも立たない」弁護士が厳しくみるワケ
総務省(muroro / PIXTA)

ネットの誹謗中傷、投稿削除に「ADR」活用? 「おそらく何の役にも立たない」弁護士が厳しくみるワケ

インターネット上の誹謗中傷などの違法・有害情報対策を議論する総務省の有識者会議が、問題投稿の削除をより迅速に実現する手段として、「ADR(裁判外紛争解決手続)」を利用した制度の創設を検討している。

ADRは一般に、裁判によらず、公正な第三者が関与して法的トラブルの解決を図る手続。報道によると、同会議ではADRなどの有効性を検証し、2023年夏をめどに報告書をまとめるという。

総務省のホームページで公開されている同会議の資料によると、問題のある投稿を削除するために民事保全法に基づく仮処分手続では、「申立てから発令まで数カ月を要することが通例であり、その間に被害が拡大してしまう」と指摘。民事保全手続よりも簡易・迅速な、削除に特化した制度として「ADR」の創設を検討案として挙げている。

●ADR創設しても「おそらく何の役にも立たない」

誹謗中傷は深刻な社会問題となっており、その対策が急務となっている。裁判手続を経ずにネット上の投稿を削除できるようADRを活用する動きを専門家はどう見るか。

逮捕歴がわかるツイートの削除命令を出した最高裁判決を獲得するなど数多くの削除事案に関わってきた田中一哉弁護士は、ADRの中身について「誰が判断するのかなど仕組みが決まってないから何とも言えない部分はある」と前置きしたうえで、「おそらく何の役にも立たない。(ADRを)創設する必要はないのではないか」と厳しい見方を示す。

「(ADR創設の)趣旨としては、裁判手続に比べて迅速だとか、費用が抑えられるという点がメリットとして挙げられているようです。しかし、(問題のある投稿を削除するために用いられている)現状の仮処分手続も制度自体は発令まですごく速いものなんです」

申立てから発令まで数カ月を要することが通例との前提についても、「認識自体が間違っているのでは」と話す。

「確かに発信者情報開示請求と合わせて、削除の仮処分を申し立てたりすると、開示請求に引っ張られて、請求相手次第では2~3カ月かかることはあり得ます。

ただ、削除のみを対象にして仮処分を申し立てた場合は、多くのケースで発令まで1カ月以内、長くても2カ月くらいという印象です」

●費用面などメリットは?

ADRだと費用が抑えられるという点についても、「仮処分の印紙代は2000円」と指摘する。

「仮処分手続の費用自体はそれほど高額ではありません。弁護士に依頼する費用を考慮した上での『費用抑制』という趣旨なのかもしれませんが、ADRなら本人だけで法的主張をして削除にまでたどり着けるのかという疑問もあります」

また、ADRは当事者双方が応じなければ利用できないため、仮に削除を求める側がADRを利用しようとしても、「(削除する側の)プロバイダ等が応じないのではないか」と有効性にも疑義を呈する。

「グーグルやツイッターなどの海外企業は、仮処分手続でも思い切り法的な主張をしてきますし、異議も出してきます。そういう現状の対応を考えると、(原則として執行力のない)ADRなんて歯牙にもかけないのではないでしょうか」

●「仮処分手続の充実を」

田中弁護士は、迅速な削除を実現しようとするなら、仮処分手続の充実、特に裁判所の人員強化を図るべきだと話す。

「確かに今は削除の仮処分でも時間がかかっています。10年ほど前には、申立て当日に審尋してくれたり、2ちゃんねるのような無審尋でやってくれるサイトだと、その場で担保決定を出して、翌日には発令というようなケースも経験がありました。仮処分手続は本来的に素早い制度なんです。

それがだんだんと時間がかかるようになり、現状だと審尋の期日指定までに1週間かかって、実際の期日が2~3週間先になるというケースもあります。

その根本的な原因は、裁判所側の人員不足です。保全部に事件が集中してしまい、せっかくの仮処分手続がスピーディーでなくなっています。もし国単位でこの問題を考えるなら、裁判官の人員を増やす方がよほど迅速解決に役立つのではないでしょうか」

プロフィール

田中 一哉
田中 一哉(たなか かずや)弁護士 サイバーアーツ法律事務所
東京弁護士会所属。早稲田大学商学部卒。筑波大学システム情報工学研究科修了(工学修士)。2007年8月 弁護士登録(登録番号35821)。現在、ネット事件専門の弁護士としてウェブ上の有害情報の削除、投稿者に対する法的責任追及などに従事している。

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