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あの「騒音おばさん」モチーフの映画「ミセス・ノイズィ」が描く「現代社会のひずみ」
映画「ミセス・ノイズィ」の監督、天野千尋さん(2020年11月/弁護士ドットコム撮影)

あの「騒音おばさん」モチーフの映画「ミセス・ノイズィ」が描く「現代社会のひずみ」

デビュー作で文学賞を受賞するも、その後は、出産をはさんでスランプが続いている小説家の吉岡真紀。仕事にも子育てにもよい環境だろうと、夫と娘とともに郊外に越してきたはずなのに、マンションの隣人・若田さんは早朝からベランダで布団をバンバンたたき、執筆中の真紀の神経を苛立たせ・・・。

ささいな感情のすれ違いが重なるにつれ、互いの不信感はいや増し、気づけば、両者徹底抗戦モードに突入。隣人同士の対立が、マスコミやネット社会を巻き込んで一大事になっていくさまを描いた天野千尋さんの新作映画『ミセス・ノイズィ』。

SNSを利用した炎上マーケテイングやメディアリンチなど、ネット社会の恐ろしさや痛いところを突きながら、どこかコミカルな味わいを残す。そんな本作について、天野さんに聞いた。(取材・文/塚田恭子)

●ディスコミュニケーションを描きたい

「もともと現実に起きていることに興味があるんです」と話す天野さん。人と人との対立や誤解などから生まれるディスコミュニケーションを描きたいと、いろいろ調べるなかで目に留まったのが、多くの人にとって身近な問題といえる騒音トラブルだった。

「どんなケンカも、基本の構造は似ているんです。表と裏があって、第三者がとやかく言う。15年ほど前に、騒音トラブルを起こした女性(俗に「騒音おばさん」と呼ばれる)が、当時マスメディアではおもしろおかしく取り上げられ、完全に色物扱いされて話題になりました。

一方で、ネットの中では、女性を被害者だと擁護する声もあって。たぶん真偽は定かでなくても、多くの人は、マスメディアでは報じられない裏話が、そのニュアンスも含めて好きなので、この構造を映画にしたらおもしろいだろうと、構想を練り始めました」

天野さんにとって、騒音トラブルはあくまでモチーフの一つだったが、映画の情報が公開されるや、ネット上では、すぐに"騒音おばさん、ついに映画化へ!"という見出しが躍ったそうで、たしかに身近な対立は、人の気をそそるものらしい。

©「ミセス・ノイズィ」製作委員会 ©「ミセス・ノイズィ」製作委員会

●自分を投影した部分も少なくない

構想を練り始めたのは2015年、脚本を書き上げたのは2016年、撮影は2018年。そして公開が2020年12月と、映画が観客に届けられるまでに5年の歳月が流れている。

「2015年に出産したのですが、その後(子どもが小さいからと)周囲が遠慮しているのか、仕事も飲みの誘いも激減しました。単に自分の実力や魅力が足りなかったのかもしれませんが、私が男だったらやはり状況は違ったのではないかと考えてしまったり。

(脚本の)初稿を書き上げてからも、なかなか撮影の機会が得られなかったので、人に読んでもらっては意見を聞いて、ブラッシュアップして今に至った感じです。

撮影できないことのストレスを含め、いろいろ不安もありましたが、脚本は直すほどにおもしろくなったし、自分自身、その期間をかけたからこそテーマについてより深く考えることができたと思います」

映画の主人公は、騒音に悩むスランプ中の小説家という設定。子育てと仕事のジレンマ、夫と家事をどう分担するか、家計をどちらが支えるかなど、自身の現状をダイレクトに投影できる部分が少なくなく、脚本には天野さんの熱量が込められている。

©「ミセス・ノイズィ」製作委員会 ©「ミセス・ノイズィ」製作委員会

●立場によって物事の見え方が違う

オリジナル脚本で映画をつくる天野さん。今回、『ミセス・ノイズィ』でやりたいことやその軸は最初から決まっていたとも話す。

「黒澤明監督の『羅生門』のように、立場によって物事の見え方が違うことをシーンで見せたいと思っていました。『羅生門』では、ある事件について、証人がそれぞれ語るわけですが、起きたことは変わらないのに、同じ出来事を目の当たりにしても、人によって受け取り方は違います。だからこそ誤解が生じるわけで、この構造を取り入れようと思いました」

主人公の真紀は、早朝の布団たたきだけでなく、娘の菜子をめぐっても、隣人の若田さんの態度に不信感を抱き、被害者意識を募らせる。前半では、そんな真紀の態度に同調するトーン、目線でストーリーは進む。

だが、その被害者意識を真紀が小説化し、本人のあずかり知らぬうちにSNSで拡散されるにつれ、話は思わぬほうへと展開。映画は中盤以降、SNSや動画が、生身の人間にどのように刃を向けるかへとフォーカスしてゆく。

ちなみに天野さん自身はSNSをどのように利用しているのかと尋ねると「自分が発信した情報がどう受け止められるか。臆病になってしまうほうなので、基本的には宣伝にしか使わないし、必要最低限しかつぶやきませんね」とのこと。

短いことばの表現は、鋭利な、一方的な方向で受け取られやすく、究極的にはラベリングになってしまう。映画では、そのこと自体を描きたかったといい、『ミセス・ノイズィ』の制作前後で、SNSについての考えに大きな変化はないという。

「そういう怖さを感じているからこそ、このテーマを映画化したのだと思います。脚本を書き始めたときから感じていましたが、公開までの数年間、そしてコロナ禍での自粛期間中にもSNSをめぐる事件があって、誹謗中傷が問題になっているので、自分が怖いなと思っていたことが現実に起きている気もしますね。

もちろん誰でも発信することができる、届かなかった声を届けられるのはSNSのおかげで、良い面もたくさんあるけれど、思っているよりも凶器になり得るものだと、個人的にはそう感じています」

©「ミセス・ノイズィ」製作委員会 ©「ミセス・ノイズィ」製作委員会

●自分に置き換えて考えてみる

冒頭で、現実に起きていることに興味があると語ったように、社会性のある映画が好きだという天野さん。だが、社会的なテーマの映画を見ていると、押しつけがましさを感じることもあるそう。だから、まずは楽しんでみてもらえることが一番で、その上で、映画で描いたテーマについても考えをめぐらせてもらえたら嬉しいと続ける。

「日常生活でも人に興味があって、人間っておもしろいなという思いが前提にあります。事件や出来事よりも、そのなかで翻弄されながら、人間がどう生きているか。ずるをしたり、嘆いたり、喜んだり。そういう人の欲とか癖とかを描いていると、見ていておのずと笑えるんじゃないかと思っています」

映画では、世間の無責任さも描かれているが、これも「ディスコミュニケーションだと思います」と天野さんは言う。

「別に悪意があるわけではなく、彼らはただただ配慮がなく、考えが及ばずな人なんです。真紀の編集者(登場人物の一人)も、よかれと思って彼女をプロモーションして、大変なことになったら、"世間に謝罪をしなければいけないかも"と態度を変える。でも私自身、あの立場になったら同じことをするかもしれません。映画ではそういう人間的なところを描きたいですね」

自分ファーストな態度が何をもたらすか。そんなことも示唆する本作。

「たぶん100年前と比べて、他者と比較することで自己を意識する人が増えている気がするんです。SNSで気軽に発信して、リアクションがあれば承認される喜びもあって、否が応でも自己を意識する気持ちも加速してゆく。声を挙げることで社会の構造や制度を変えるなど、良いこともたくさんあるので、その功罪はいろいろだと思います」

映画『ミセス・ノイズィ』は12月4日(金)より公開。公式サイトはこちら。
https://mrsnoisy-movie.com/

【プロフィール】天野千尋(あまの・ちひろ)
1982年愛知県生まれ。約5年間の会社勤めを経て、映画製作を始める。ぴあフィルムフェスティバルをはじめ、国内外の映画祭で入選、入賞する。監督作に『フィガロの告白』『どうしても触れたくない』『うるう年の少女』など。『ミセス・ノイズィ』のノベライズも刊行予定。天野千尋さん(2020年11月/弁護士ドットコム撮影) 天野千尋さん(2020年11月/弁護士ドットコム撮影)

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