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 「逮捕覚悟」の尖閣上陸、そして国旗掲揚 元自衛官明かす「無罪放免」のウラ側
伊藤祐靖氏(2020年6月、弁護士ドットコム撮影)

「逮捕覚悟」の尖閣上陸、そして国旗掲揚 元自衛官明かす「無罪放免」のウラ側

全自衛隊初の「特殊部隊」である海上自衛隊「特別警備隊」の創設メンバーの元自衛官・伊藤祐靖氏によるドキュメント・ノベル『邦人奪還 自衛隊特殊部隊が動くとき』(新潮社)が話題となっている。

拉致被害者の命に危機が近づいたとき、自衛隊が北朝鮮の地で相手軍部と弾丸の雨を浴びせ合う。一見「こんなことが実際に起きるのか」と思えるストーリーでも、作戦実行に至るまでの政府の動きなどのプロセスは伊藤氏の「経験」をもとに丁寧に描かれており、自然と引き込まれる。

伊藤氏は自衛隊から身をひいたのち、尖閣諸島に上陸して日の丸を掲揚するという行為でニュースになった。実は、『邦人奪還』の冒頭は、尖閣魚釣島での日中の国旗掲揚合戦で始まるのだが、島の描写も含め、この時の経験が生きているという。

現在も緊迫する尖閣諸島をめぐって気を抜けない日中情勢、そんな中、尖閣上陸の舞台裏を2回に分けて大いに語る。本記事(前編)では、魚釣島に上陸の「真相」に迫る。(後編はこちら

 背負っていた国旗は部屋の壁と同じくらいの大きさだった。伊藤祐靖氏(2020年6月、弁護士ドットコム撮影)

2012年8月18日から19日にかけて、伊藤氏は地方議員らと尖閣諸島の魚釣島沖での慰霊祭 を目的として漁船に乗り込んだ。ところが、伊藤氏には仲間にも知らせていない「真の目的」があった。島に近づくと、闇に染まる海をひとり泳ぎきって上陸。山頂に登り、断崖絶壁に国旗を掲げたのだ。

あの頃、尖閣諸島をめぐる情勢は緊迫していた。伊藤氏らの行動は歴史に残る“事件”だったが、任意聴取をした警察は「罪にはならない」と不問にした。当時を振り返りながら、海上保安庁、沖縄県警とどのようなやりとりがあったのかを伊藤氏が明かした。(編集部・塚田賢慎)

●上陸の真の目的とは

ーー香港の活動家らが先んじて魚釣島に上陸した4日後、伊藤さんたちは上陸しました。対抗措置として決行したのでしょうか

我々の上陸スケジュールは元から決まっていました。理由は大きく2つあります。

ひとつは、2010年9月の尖閣諸島中国漁船衝突事件でした。海保の一色正春さんが、事件発生時の映像を公開した事件です。漁船をぶつけてきた相手を冷静に逮捕し、送検までしました。

非常に困難な仕事をパーフェクトにしながら、相手は処分保留で釈放、送還されてしまいました。あの場にいた海上保安官たちは、政府の意志のなさにむなしさを感じただろうし、全員涙を流したと思います。

国家に意志がなくとも、国民には意志があることを行動でお伝えしたかったのです。魚釣島に日本国旗を掲げれば、海保も警察もそのむなしさが少しはやわらぐのではないかと思いました。

●船酔いする女性の姿に受けた感銘

もうひとつの理由は、上陸決行の数カ月前に尖閣海域に行ったとき、私と同じ漁船にいたご高齢の女性にあります。出港した石垣島から魚釣島まで往復24時間かかります。大きく揺られて、息も絶え絶えに汚い床に這いつくばっていました。

女性は「尖閣諸島を海保のかたにだけ守らせているのが申し訳ない。だから、日本国民として、どうしても来るべきだと思ったんです。あそこを守るのは日本国民の義務です」とおっしゃっていました。

こうして孤軍奮闘している女性にも旗を見せたい。私は国旗を掲げる気持ちになりました。

●人生一度きりの神頼み

8月19日の午前8時、島にギリギリまで近づき、洋上慰霊祭をして、漁をして帰っていく。そんなスケジュールをあらかじめ伝えていましたので、漁船を海保の巡視船が囲んでいます。

早めに着いたので、私は、船長に「朝8時〜9時に戻ります」と告げ、19日午前4時に海に入りました。

沖合400メートル地点の漁船から、巡視船に見つからないように、最初の50メートルを潜水で、残りは水面に顔を出して泳いで上陸しました。

防水パックに入れた小1枚、大2枚の旗は吊り下げるためのロープを含めば計20キロ以上の重さになります。大きな旗を広げると、この部屋くらいの大きさになります(横5メートルほど)。

ふもとの灯台に小さな国旗を掲げて、北側から山を登りました。そして、南側の断崖に国旗を垂らすのです。重りを付けた国旗をロープでソーっと下ろしていく。絡まないように慎重に、慎重に垂らしていきました。

上空には海上保安庁のジェット機、沖縄県警のヘリが飛んでいます。途中でヘリが近づいてきたので、あわてて国旗を引っ張り上げて丸め、腹ばいになって隠しました。

ヘリが飛び去ってから、旗を確認すると、もうぐちゃぐちゃです。漁船が帰る時間まで残りわずか。置いていかれたら、漂流者のロビンソン・クルーソーです。やむなく、投網のように、旗をパッと投げました。丸まったまま落下していき、見えなくなりました。

もう回収する暇もありません。旗が広がっているのか目視できず、確信もない。「どうか、きれいに旗が広がっていきますように」、人生で最初でおそらく最後の1回きりの神頼みをしました。

ーー漁船に一緒に乗っていた他の11人のメンバーも上陸をしました。そのときの様子を教えてください

私が朝8時に山を降りていくと、下からサイレンが鳴り響き、「戻りなさい」という声が聞こえました。県警と海保が、私とは別の漁船から海に入り、泳ぎ出したメンバーの上陸を止めようとしたのだと思います。

海を泳いで私が漁船に戻ったところ、そこにはすでに3人の海上保安官のかたが待っていて、船上で話を聞かれました。

●始まった船上での「任意の取り調べ」

海上保安官3人は、20代に見える階級が上のリーダーのかたと、リーダーより年上の部下のお2人でした。

リーダーは2回強調しました。「あくまでこれは任意ですから。ちょっとお話を聞かせてください」と。我々の上陸行為が犯罪行為なのか海保も明確にわかっていなかったのかもしれません。

「サメもいるのに、真っ暗な夜にどうやって海を泳いだのか」「道もない無人島で、どうやってライトも使わずに夜中に登山ができるのか」など聞かれました。

海自特殊部隊「特別警備隊」に長く在籍していた私は、「なんでそんな当たり前のことを聞いてくるんだろう。普通に泳げばいいし、普通に登ればいいのに」とその時は思いました。

後から考えたら、聞くのが当たり前の話であって「そんな当たり前のことをなぜ聞くんだろう」と思う私の感性こそ、だいぶ壊れていたなと思います。

2012年8月19日の時点で魚釣島は日本の国有地ではありませんでした(9月11日に日本政府が購入するまで、民間人が地権者の私有地だった)。その際に罪状については何も言われた記憶がありません。

●警察へ出頭「不法侵入にはなりません」

翌日、沖縄県警八重山警察署に自主的に12人全員が出頭しました。それぞれ取調室で話をしました。

私はすでに自衛官の身分もありませんから、逮捕されても、罪になっても気にしません。ただ、他人の土地に入るわけですから、不法侵入に問われることもありうると覚悟はしていました。

ーー警察の取調官はどんなことを話していたのでしょう

だいぶ前の話なので明確な記憶ではありませんが、「不法侵入にはなりません。土地の所有者がいても、そこに施設がなければ不法侵入にならないんです。何もない無人島ですから」と言われました。不法侵入になると思っていたので、意外に感じたことをよく覚えています。

「唯一、不退去罪は成立するかもしれませんが」とも言われました。

「出て行ってくれと言われたのに、出ていかなかった(退去しなかった)場合は立件できるかもしれない。でも、伊藤さんは、暗いうちに上陸して、自分で出ていった。出ていけとも言われていない。適用できないかもしれない。うーん。どうなるかわかりません」と話していたと思います。とにかく、細かい部分の記憶は曖昧です。

結局、罪に問われることはありませんでした(約1カ月後の9月18日、上陸した日本の別の団体のメンバーが軽犯罪法違反で書類送検されている。起訴猶予処分)。

●警察にも海保にもご迷惑をおかけしました

ーー断崖絶壁に垂らした日本国旗は

船上の取調べで海上保安官に「島の南側に国旗を揚げてきたから、見てくれ。嘘なんてついてない」と言いました。その後、彼らがゴムボートで巡視船に戻り、我々も漁船で石垣島に帰っていく。私は国旗をきれいに揚げられたのか確信がないので、ドキドキしているんです。

斜面に国旗が見えたときはうれしかったですよ。丸まらずに、ちゃんと日の丸は広がっていた。ただ、すごく小さくてね。この部屋くらいの大きさの旗ですけど、遠くからだとかなり小さい。

やっと安心したところに、ゴムボートが戻ってきたんです。追加の取り調べかと身構えたら、海保の3人組が漁船にメガホンを忘れていっただけでした。手渡すと、一番テキパキしていた40代くらいの保安官が「伊藤さん、見ました。見ました! ちゃんと見えましたよ」と言って、サムズアップ(親指を立てる)してくれた。

うれしかったですよ。警察も、海保も、好意的な反応をしてくれたのは、そのときの彼だけでした。当たり前ですよね、かえって迷惑をかけたんですから…。

【著者プロフィール】伊藤 祐靖(いとう すけやす)。1964年生まれ。日本体育大学から海上自衛隊へ入隊。「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事件に遭遇。自衛隊初の特殊部隊「特別警備隊」(海上自衛隊)創設に携わる。2007年の退官後、国内外の警察、軍隊、自衛隊員に知識・経験を伝えている。

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