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再開した「表現の不自由展」を鑑賞 静かに座る「少女像」と対面して思ったこと
「表現の不自由展・その後」の抽選結果のモニターに見入る人たち

再開した「表現の不自由展」を鑑賞 静かに座る「少女像」と対面して思ったこと

愛知県で開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の展示が全面的に再開して2日目の10月9日、名古屋市の愛知芸術文化センターには多くの来場者がつめかけた。最大の注目は、展示内容をめぐって論議を呼んでいる「表現の不自由展・その後」。警備の関係上、鑑賞できるのが1回あたり35人ずつに制限され、1日に6回しか鑑賞の枠がない。その限られた抽選枠を求めて、午前9時から長い行列ができた。(亀松太郎)

弁護士ドットコムニュースの記者も早朝の新幹線で名古屋入りし、抽選に参加した。初日は騒然とした状態だったと聞いていたが、2日目の館内は落ち着いていた。「表現の不自由展」の抽選券(リストバンド)を求める人たちも整然と列に並び、静かに抽選結果を待っていた。

「表現の不自由展・その後」が展示されている「あいちトリエンナーレ」の会場には、午前9時前から行列ができた

芸術監督の津田大介さんによると「今日はだいぶ落ち着いている。昨日はメディアが信じられないくらい来て、人もすごく並んでいたが、2日目ということで落ち着いてきた。入場できる人数を増やしたので、抽選の倍率も23倍から7倍まで下がってきた」という。

抽選結果は、会場に設置されたモニターに表示される。当選者の番号がモニターに映し出されるたびに、結果を確かめようと多くの人たちがその周りを取り囲んだ。記者は幸運にも、最後の枠に入ることができ、「表現の不自由展」をこの目で鑑賞できた。その様子を報告したい。

●「パブリックミュージアムで展示されているのはすごいこと」

記者が入場したのは、16時20分から17時までの回。まず、展示室前の受付で、「展示作品の写真・動画をSNS等に投稿しない」といった誓約事項が書かれた同意書にサインする。さらに手荷物をスタッフに預け、スマホなどの持ち込み用品は透明な袋に移し替えることを求められた。

「表現の不自由展・その後」を鑑賞するにあたり、サインを求められる同意書

展示室前の通路の壁には「検閲をめぐる新しい動き」と「表現の自由をめぐる論点」について図解したボードが掲示されていて、入場者は待っている間にこのボードを見ることを推奨される。再開にあたって新たに導入されたガイダンスである。

「表現の不自由展・その後」の展示室前に掲示されたボード

入場時刻になると、スタッフの誘導で「表現の不自由展」の展示室へ。入口で警備員によるセキュリティチェックを受けて、中へ入った。壁には「撮影写真・動画のSNS投稿禁止」と書かれたボードが掲示されている。他の展示室とは違う異例の要請だ。

展示室の中には、16組の作家の23作品が展示されている。鑑賞時間は全体で40分。前半の20分間にそれぞれ自由に展示作品を見たあと、後半の20分間で大浦信行さんの映像作品「遠近を抱えて Part2」を全員で鑑賞するというスケジュールが組まれている。

最初に歩く通路の壁に飾られていたのは、大浦さんの「遠近を抱えて」という昭和天皇をモチーフにした版画作品。これは、あとで鑑賞する「Part2」の先行作品という位置付けだ。昭和天皇の肖像写真と仏教の絵画をコラージュした作品など2点が並んでいた。

大浦作品の向かいの壁には、小泉明郎さんの「空気」という絵画が飾られている。低いテーブルの前に6つの椅子が並んでいるが、誰も座っていない。後ろの壁にうっすらと影のようなものが映っているという作品だ。これも天皇制をモチーフにした作品で、東京都現代美術館での展示を断念した経緯がある。

見学前に小泉さんに感想を聞くと「最高ですね。私の作品も含めて、表現の不自由展の作品がパブリックミュージアムでちゃんと展示されているというのは、本当にすごいことです」と話していた。小泉さんは、展示再開を求める作家有志のプロジェクト「ReFreedom_AIchi」の中心メンバーとして奔走してきただけに、その感激ぶりが伝わってきた。

「表現の不自由展・その後」に出展している作家の一人、小泉明郎さん

●津田氏「実際に観てもらえれば、これのどこが問題だと思うはず」

小泉さんの作品の横を通り、さらに中に入っていくと、部屋の左奥に「平和の少女像」が見えた。その横には椅子が置いてあって、少女像と並んで座ることもできる。実際、見学者の何人かはその椅子に座って、スタッフに写真を撮ってもらっていた。

近寄って間近で少女像を見てみると、伝わってくる「質感」が人間に近いことに驚いた。体温が伝わってくる感じがした。実在の少女がそこに静かに座っているという様子。何かに向かって激しく抗議しているという雰囲気は感じなかった。

一緒に展示室に入った他の見学者たちは、思い思いにそれぞれの作品に近づいて、静かに見入ったり、スマホで撮影したりしていた(撮影自体は禁止されていない)。室内には、10人ほどのスタッフや不自由展実行委のメンバーがいて、通常の展示ではないことを感じさせたが、自由に鑑賞することができた。

この見学の前に、芸術監督の津田さんから「実際に観てもらえれば、これの何が問題なんだとたぶん思うはず」という言葉を聞いた。

たしかにどの作品も、目の前で実際に相対してみると、「強いメッセージを直接的に発している」という印象は受けなかった。どれも静かなのだ。おそらく何かを訴えかけているのだろうが、それが何なのかは、観る者の想像に委ねられている。そう感じた。

同じようなことは、別の回で「不自由展」を鑑賞した60代の女性も口にしていた。彼女が参加した回では、「これは芸術じゃない!」と怒って出ていく男性がいたという。しかし、彼女は「見て良かった。深く考えさせられた」と話す。

「芸術の中には、ただ観るだけで終わりではなくて、『観て、深く考える』という芸術もあるんでしょう。怒っていた男性は、作品の表面にあらわれているものだけしか観ていなかったんじゃないかと思います」

●「抽選方式は問題だ」という指摘も

鑑賞時間の後半の20分は、大浦さんの映像作品「遠近を抱えて Part2」の鑑賞にあてられた。映像の中で昭和天皇の肖像写真が燃やされているということで、批判を呼んでいる作品だ。

展示室には50インチぐらいの大型モニターが設置され、見学者たちはその前の床に置かれたクッションに座って鑑賞した。誰も言葉を発しない。黙ってじっと画面を見つめていた。

映像の終了後、少女像の作者のキム・ソギョンさんと出展者の一人である大橋藍さんがサプライズで室内に現れた。キムさんが「みなさんの力で今日の出会いが実現したと思っています。ありがとうございました」と挨拶すると、見学者たちから拍手が起きた。

「表現の不自由展・その後」に出展している大橋藍さん(左)と「平和の少女像」の作者のキム夫妻(展示室の外の通路で)

このように「表現の不自由展」の鑑賞はなごやかに進んだが、問題がないわけではない。一つは、展示再開に反対する人々がいることだ。

この日も会場の外では、再開に抗議する男性が拡声器を持って、「あそこに並んでいるのは、日本に対する嫌がらせ。日本国民として、日本国民や日本国を傷つけるようような作品に対して、我々は抗議しているんです」と声をあげていた。

もう一つの問題は、鑑賞できる人数が制限されていて、抽選を突破しないと展示室には入れないことだ。

「表現の不自由展」実行委員会の小倉利丸さんは「抽選方式というのは問題があると思っている」と指摘する。出展作品の評価は、実際に会場で見てみないと難しい。できるだけ多くの人が見られるようにすべきだというのだ。小倉さんによると、愛知県民の一部から大村秀章知事に対して「入場方式を改善するべきだ」という要望が出されているという。

出展作家の大橋さんは「このような形で作品が全部展示できて、本当にありがたい気持ちです」と話しながらも、入場が制限されているのは残念だとして、次のように話していた。

「初日のときは30人ずつで2回だけだったので、『これで再開と言えるのか』という声が作家からも上がっていました。今日は35人で6回になったので、この調子で増えていってくれればいいなと願うばかりです」

「表現の不自由展・その後」の展示室の扉に貼られていた「不自由の声」は、別の場所に移されて掲示が続けられている

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