大阪地検トップの検事正だった北川健太郎氏(67)が、部下だった女性検事に性的暴行を加えたとして準強制性交罪に問われている事件の公判が10月27日、大阪地裁(三輪篤志裁判長)で約2年ぶりに再開した。
検察側は、女性が泥酔していたうえ、検事正という地位の影響力を恐れて抵抗できなかったなどと主張。一方、北川氏側は、性交したこと自体は争わないものの、女性は抵抗できない状態ではなく、性交にも同意していたとして、改めて無罪を主張した。
被害を訴える女性も、被告人の北川氏も、性犯罪事件の捜査を熟知する検察官だった。法廷では、事件当日の状況だけでなく、被害申告の経緯や証拠の取り扱いをめぐって、双方の主張が真っ向から対立した。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●争点は「抗拒不能だったか」「故意があったか」
検察側の冒頭陳述などによると、北川氏は2018年9月、大阪市にある自身の官舎で、部下で検事だった女性Aさんに性的暴行を加えたとされる。
北川氏は2019年11月に退官し、弁護士として活動していたが、2024年春にAさんが被害を申告。同年6月に準強制性交の疑いで逮捕され、その後起訴された。
今回の公判の主な争点は、事件当時のAさんが「抗拒不能」、つまり抵抗することが著しく困難な状態にあったかどうか。そして、北川氏に犯罪の故意が認められるかどうかだ。
●5人で生ビール14杯、焼酎一升瓶などを飲酒
事件は2018年9月、北川氏の検事正就任を祝う懇親会の後に起きた。
検察官の冒頭陳述によると、懇親会には北川氏とAさんを含む5人が参加。生ビールの中ジョッキ14杯のほか、ボトルキープしていた一升瓶の焼酎の残り(少なくとも1200ミリリットル)と、新たに注文した一升瓶の焼酎の相当量を飲んだという。
Aさんは懇親会の終盤には、ろれつが回らず、テーブルに突っ伏すこともあった。会計でクレジットカードを利用した際の署名は、一部が判読できないほど乱れ、周囲に体を支えられて歩くような状態だったと検察側は主張した。
これに対し弁護側は、Aさんが懇親会の終わりに参加者から食事代を集め、段差のある店内を転倒せずに歩き、店を出た後も幅の広い道路を一人で渡り、タクシーにも自らの意思で乗り込んだとして、抵抗できない状態ではなかったと反論した。
大阪地検トップによる性犯罪事件の経緯(弁護士ドットコムニュース作成)
●「これでお前も俺の女だ」検察側が主張する被害状況
官舎での出来事についても、主張は食い違った。
検察側によると、泥酔状態で官舎に連れ込まれたAさんは、意識が戻り始めた際、全裸にされた自分の体の上に北川氏が覆いかぶさり、避妊具をつけずに性交していることに気づいて驚愕したという。
北川氏は、大阪地検の全職員に対する指揮監督権を持つ検事正だった。
Aさんは、意に反する行動をとれば、口封じのために殺害されたり、仕事や人事に大きな影響が及んだりすることを恐れ、明確に抵抗できなかったと検察側は主張した。
また、Aさんが「夫が心配しているので帰りたい」と訴えたにもかかわらず、北川氏は「これでお前も俺の女だ」と言い、性行為を続けたとした。
一方、弁護側は、Aさんが任官した当初の上司が北川氏だったことに言及。異動の際、Aさんが同僚とともに北川氏に宛てて作成した寄せ書きに、ハートマークを添えて「本命部長」と記していたことや、職場が変わってからも私的なメールのやり取りをしていたことなどを挙げた。
こうした事情から、Aさんは北川氏に特別な感情を有していたと主張した。
性交に至った経緯についても、「自然な流れ」だったとし、「抵抗するそぶりも拒否する発言もなかった」などとして、「本件は互いの同意による性交だった」とした。
大阪地検や大阪高検が入る庁舎(弁護士ドットコムニュース撮影)
●被害申告まで5年半、弁護側は捜査のあり方も批判
事件から約5年半が経過してからAさんが被害を申告した経緯についても、双方の見解は対立した。
検察側は、Aさんには、被害を訴えても「組織にもみ消されるかもしれない」というためらいや葛藤があったと説明。
しかし、北川氏が退官後も検察職員との交流を続け、検察組織に影響力を及ぼしている様子を見て怒りを抱き、被害申告に至ったとした。
これに対し弁護側は、Aさんが別件の事件の処理をめぐって抗議を受けるなどして心身が限界に達し、その責任を北川氏に転嫁するために被害を申告したと主張した。
さらに、懇親会が開かれた店や移動中のタクシー、官舎などには「防犯カメラの映像が存在していたはず」だと指摘。
Aさん自身が性犯罪の実務を知る検察官でありながら、被害申告まで約5年半を要したことや、申告後に懇親会の参加者の供述調書が作成された経緯などを問題視し、「被害申告が遅れたことに合理性が見出せない」「立証構造が脆弱だ」と批判した。
また、Aさんと懇親会の参加者がLINEのやり取りを一部削除していたことにも言及。検察官がその事実を知りながら「虚偽の調書を作った」などと主張し、「証拠が不十分なまま、不当に起訴した」と捜査のあり方も批判した。
●初公判で罪を認めたのは「視野狭窄に陥っていた」ため?
北川氏は2024年10月の初公判で起訴内容を認めたものの、その後、無罪主張に転じた。なぜ、主張を一転させたのか。
弁護側は、北川氏が当初、検察組織に迷惑をかけたくないと思う一心で、自身の記憶とは異なるものの、犯罪の成立を争わないという方針をとったと説明した。
当時は突然の身体拘束を受けるなどし、「視野狭窄に陥り、精神が極限状態だった」とも主張した。
しかし、初公判後にAさんが記者会見を開いたことを知り、「事態がさらに深刻になる」と懸念。従来の方針を見直し、主張を改めたとうったえた。
次回公判は11月6日に開かれ、Aさんの証人尋問が実施される予定だ。