「うんこがしたくなったおかげで、命が助かった」
戦時中、空襲から逃れるために防空壕に隠れていた少年は、便意を催して自宅に戻った。その直後、防空壕に爆弾が直撃したという。
まるで冗談のような話だが、テレビプロデューサーでライターの鎮目博道さん(57)の亡き父親が、孫に語っていたというエピソードだ。
鎮目さんは、この話をもとにした絵本『うんこのてんし』(え・松本えつを、CHICORA BOOKS)を10月10日に出版した。
舞台は、1945年7月6日深夜から7日未明にかけて起きた甲府空襲。山梨県甲府市の市街地の約7割が焼失し、1127人が亡くなったとされる。 なぜ、戦争を「うんこ」から描いたのか。そこには、戦争を知らない世代に伝えたい願いがあった。
●父が戦争体験を語ったのは、息子ではなく孫だった
「うんこをしたくなって防空壕を出たら命が助かった」
2021年に80歳で亡くなった父親は、この体験を鎮目さんら息子たちにも一度も語っていなかった。
鎮目さんが初めて知ったのは、父親が亡くなった後のことだ。
「そういえばおじいちゃん、こんなこと言ってた」
鎮目さんの子どもが、ふと思い出したように教えてくれたという。10年以上前、小学生のころに、祖父から何気なく聞いた話だった。
「父は明るい性格で、落語をやっていたほどの話好きでした。それでも戦争のことは、改めて聞かないと言わないんだなと。ちゃんと聞いておかないと、みんな言わないまま黙って死んじゃうんだと思いました」
父親の体験を絵本にするにあたり、鎮目さんは当時の資料を調べ、空襲を経験した人たちにも話を聞いた。また、甲府出身の義母からは、校庭に作られた防空壕についての話も聞いた。
大人たちが校庭に作った防空壕は、廃材に土をかぶせただけで、そこに逃げ込んだ人はみんな亡くなってしまった──。この話は、絵本に登場する防空壕の場面にも反映されている。
「普通の人でも壮絶な思いをしている。周りの人の体験をちゃんと聞いておくのは、子どもたちにもやっておいてほしいことです」
●「うんこ」でハードルを下げる
戦争は大切なテーマだ。しかし、大切だからこそ話が難しくなり、敬遠されてしまうこともある。テレビの現場で長年働いてきた鎮目さんは、そんな現実を感じていた。
そこで考えたのが、子どもたちになじみのある「うんこ」を入口にすることだった。
「難しい話題が始まると察知した途端、見なくなる人が多い。うんこは子どもが大好きで、ハードルを下げられる。うんこの話を読んでいるつもりが、気づいたら戦争の話を読んでいた、というものにしたかった」
絵本には、父親の持ちネタだった「クソ食ってる時に飯の話するな」という言葉も登場する。
もう一つ、鎮目さんがこだわったのは、子どもを怖がらせすぎないことだった。
絵を担当した松本えつをさんとも話し合い、あえて恐ろしい絵にはしないと決めた。
「小さいうちからおどろおどろしい話に触れることで、その後、戦争の話題や作品を避ける子どももいた。自分たちがそうだったから、怖い絵にはしない」
●「今の子どもたちがラストチャンス」
世界では今も戦争が続いている。
鎮目さんは、子どもたちに「やらなきゃ誰も死なないはずなのに、なんで戦争がこんなに起きてるの」という素朴な疑問を大切にしてほしいと話す。
鎮目さんは、父親から伝わったエピソードに、自分や息子の命にもつながる重みを感じている。
「親父があそこでうんこをしたくならなかったら、僕も息子も存在すらしていない。普通に暮らす人のすぐそばに死があった。そのことを伝えたかった」
戦後81年。戦争を実際に経験した人たちは年々少なくなっている。
つらい記憶だからこそ、自分から語ろうとしない人もいる。鎮目さんの父親も、そうだったのかもしれない。
だからこそ、身近な人の戦争体験を、聞けるうちに聞いておいてほしい──。鎮目さんはそんな願いを込めている。
「今の子どもたちはラストチャンスだと思って。そろそろ時間切れが近づくと思います。今のうちに、聞ける人には聞いておいたほうがいい」
『うんこのてんし』