弁護士ドットコム ニュース
  1. 弁護士ドットコム
  2. 民事・その他
  3. 「生理は病気じゃない」中学の部活指導に苦しんだ少女…リストカット、PTSD診断を経て人権救済申し立て

Googleトップニュースでフォロー

フォローの仕方はこちら
Add as a preferred source on Google
弁護士保険ミカタ
「生理は病気じゃない」中学の部活指導に苦しんだ少女…リストカット、PTSD診断を経て人権救済申し立て
取材を受けるナミエさん (撮影:渋井哲也)

「生理は病気じゃない」中学の部活指導に苦しんだ少女…リストカット、PTSD診断を経て人権救済申し立て

「楽器ができたら楽しいだろうな」。そんな憧れから中学校の管弦楽部に入った少女が、部活動での指導に苦しみ、リストカットを繰り返すようになった。

千葉県船橋市の市立中学校に通っていたナミエさん(仮名)だ。顧問の教員から厳しい指導を受け、さらに生理痛で部活動を休んだ際には「生理は病気じゃない」と言われたという。

ナミエさんは次第に学校に通うことも難しくなり、医療機関でPTSD(心的外傷後ストレス障害)やうつ状態と診断された。

両親は学校側に指導の改善や教員の配置転換を求めたが、話し合いは平行線をたどり、結局、ナミエさんは中学3年の夏に転校することになった。

いじめとは異なり、教員による「不適切な指導」については、いじめ防止対策推進法のように、学校側の対応を定めた法律が整備されていない。

ナミエさんは今年10月8日、法務局に人権侵犯に関する申告をおこない、同15日には千葉県弁護士会に人権救済を申し立てた。

大好きだった音楽が、なぜ苦痛に変わってしまったのか。ナミエさんと両親が語った学校生活をたどる。(ライター・渋井哲也)

●憧れの管弦楽部に入部した

ナミエさんが管弦楽部に入ったのは、中学1年だった2023年のことだ。

「最初はチェロが弾きたかったんですが、希望者が多く、手が小さいと言われてオーディションを受けられず、トランペットの担当になりました」

部活動には複数の顧問がおり、中心となって指導していたのは音楽担当のA教諭だった。

ナミエさんによると、授業中のA教諭は優しかったが、部活動では一転して厳しい指導をすることがあった。また、直接指導を受けるのは、A教諭に気に入られている生徒が中心だったという。

トランペットの指導は主にB教諭が担当していた。しかし、ナミエさんは、その指導に一貫性がないと感じていた。

「全体練習の2日前に『この楽器はこう演奏して』と指示され、当日にその通りに吹いても、『違うでしょ!そういう吹き方をしたら息が続かないでしょ』と怒られることがありました。何が正解なのかわからなくなりました」

●次第に緊張と不安を感じる場所に

初心者だったナミエさんは、練習を重ねても、思うように演奏できないことがあった。

「パートごとに一人一人吹かせて、失敗した人を探したりしていました。私は楽器未経験でしたが、ずっと自主練でした。『この曲を練習しといて』と言われますが、できないと怒られていました」

部内には、顧問の指導に疑問を持ちにくい雰囲気もあったという。

「同調圧力というか、顧問の言うことが正しいという空気がありました」

入部当初の楽しさは、次第に失われていった。さらに、同年11月ごろからは、上級生が練習に来ない日が増えた。

「トランペットのパートは2年の先輩と私の二人でした。先輩が練習に来ない日が増え、一人で練習することもありました」

同じ学年の部員も、しばらく演奏しない時期を経て別の楽器に移ったという。

そんな中、ナミエさんは、合奏の際に一人で全員の前に出て演奏することになった。

「トランペットは結構目立つ楽器で、ボロも出やすい。それで怒られたというのもあったんじゃないかと思います」

先輩が練習に来なかったある日、ナミエさんはA教諭に尋ねた。

「今日も一人で前に出るのですか」

すると、A教諭は急に無表情になり、冷たい口調で「そうだよ、前に出るんだよ」と答えたという。

「なんで私が、という気持ちでした。つらいし、恥ずかしい」

全員の前に立ち、A教諭のすぐ隣で演奏する。ナミエさんは、少なくとも2回以上、こうした経験をしたと記憶している。

まだ中学1年生。しかも、楽器を始めて1年も経っていない。

「なんで私が一人で、みんなの前で演奏しないといけないのかと思っていました」

憧れて入った管弦楽部は、次第に緊張と不安を感じる場所になっていった。

●生理痛で休んだ翌日「生理は病気じゃない」

ナミエさんが特にショックを受けたという出来事が、2024年3月にあった。生理痛のため部活動を休み、翌日、A教諭に欠席を謝ったときのことだ。

ナミエさんによると、A教諭は「なんで休む?なんで?」と問い詰め、「生理は病気じゃない」「生活習慣が悪い」と発言したという。

「ある記事で『生理は病気じゃない』と言われたという話を読んでいて、その後、実際に言われたので、『そんなことを言う人が本当にいるんだ』と思いました」

友人に話すと、友人も驚いたという。帰宅後、母親にもその出来事を伝えた。

母親は学校への抗議を考えたが、ナミエさんに止められたという。

「娘から聞いた話に驚き、学校に抗議することも考えましたが、娘は、抗議すれば状況がさらに悪くなるかもしれないと止めたんです」

ナミエさん自身も、顧問の指導に疑問を抱きながら、周囲が何も言わないことに戸惑っていた。

「私が間違っているのかなという気持ちになりました。指導の仕方が明らかに怖いのに、誰も何も言わない状況で、声を上げないってことは、そう思う私が異常なのかなって思いました」

そして、このころからリストカットを始めた。

母親は娘の腕に傷があることに気づいた。しかし、ナミエさんは「学校には伝えないでほしい」と頼んだ。

学校に知らせれば、娘との信頼関係が崩れ、何も話してくれなくなるかもしれない。

母親はそう考え、すぐには学校に伝えず、様子を見ることにした。事情を知った父親も、気づいていないふりをしたという。

「私たちは、A教諭らの言動はハラスメントだと思っていました。しかも、4月以降も続くことになります」(父親)

●「退部したら居場所がなくなる」

中学2年に進級した2024年4月以降も、ナミエさんの苦痛は続いた。

今度は、英検の受験日と、部活動のコンクールに向けた録音日程をめぐって、顧問との間で行き違いが生じた。

母親によると、英検は以前から受験することが決まっており、ナミエさんはB教諭に相談していたという。

「録音日の翌日が英検でした。娘はB教諭に相談しました。私たちは『別の日でよかった』と思っていたのですが、A教諭からは『自分で調整することもできたよね。出て行ってもいい』と言われ、娘は退席させられました」

ナミエさんはA教諭に電話でも事情を伝えたが、その際の対応も威圧的に感じたという。それまで積み重なっていた指導への不安もあり、精神的に追い詰められていった。

さらに、同じころ、トランペットの先輩が「吹けない」と言って泣き出す出来事があった。

「後からわかったのですが、先輩に対しては先生たちがメンタルケアをしていたんです。娘は『誰もフォローをしてくれない』と差を感じたようで、つらくなったんです」(母親)

ただ、ナミエさんは部活動そのものが嫌いになったわけではなかった。

仲間と一緒に音楽をつくることには、楽しさを感じていた。部活動は大切な居場所でもあった。

「退部したら居場所がなくなってしまう」

つらくても、簡単には辞められない。ナミエさんは、そんな葛藤を抱えていた。

●学校側との話し合いは難航した

同年6月5日、母親はスクールカウンセラーに相談した。

7月11日には、ナミエさんが音楽の授業に出られず、保健室で過ごした。担任から連絡を受けた母親は、このとき初めて、娘がリストカットをしていることを学校に伝えた。

7月16日、母親はA教諭に部活動を休むことを連絡。翌17日には両親が校長と面談し、顧問の指導がハラスメントにあたるのではないかと問題を提起した。

しかし、学校側との話し合いは難航した。

7月20日、両親は校長やA教諭らとの面談に臨んだ。

両親によると、校長から謝罪の言葉があった一方、「生理は病気じゃない」という発言については、別のC教諭がその場にいたものの、「そのような発言はなかった」と証言していると説明されたという。

両親は、娘の話を否定する前に、事実関係を十分に確認してほしいと求めた。

その後、両親は当時の授業や保健室の記録などを確認した。その結果、両親は、問題の発言があったとされる場面にC教諭が居合わせることは難しかったのではないかと考えるようになった。

学校側の説明と、保護者側が把握した記録との間には食い違いがあった。問題の発言の有無について、双方の認識が一致することはなかった。

11月には弁護士にも相談した。

両親は学校に対し、事実確認の結果を書面で回答するよう求めたが、学校側からは回答を拒否する趣旨の連絡があったという。

12月には、A教諭の配置転換や異動を求めた。

父親によると、校長はA教諭について「未熟であるため、成長を見守りたい」と説明したという。

しかし、ナミエさんの状態は改善しなかった。

●PTSD診断でも「教員の配置転換」は実現せず

2025年に入ると、ナミエさんの欠席が増えていった。

1月10日には、道徳の授業中に体調が悪くなり、別室で担任に「もう限界だ」と訴えた。

両親によると、学校はその後の欠席を、不登校を示す「事故欠」ではなく「病気欠」として扱っていた。これは後に開示請求によって判明したという。

1月16日、ナミエさんは医療機関でPTSDと診断され、通院を始めた。うつ状態とも診断されたという。

当時のつらい経験は、夢にも現れるようになった。

「変な夢をたまに見ますね。重苦しい夢です。そんな状況で演奏したりします。音楽自体は好きで、周りの人間関係も好きですが、A教諭だけが悪いみたいな夢はたまに見ます」

夢の中では、それが現実だと感じてしまう。

「目覚めるまでそのままです。そして、『あれ、夢だったんだ!』と安心したりします」

父親は学校に診断結果を伝え、医師からA教諭との接触を避けることが治療上望ましいと助言されたことも説明した。

しかし、1月23日、教頭からはA教諭を配置転換しないとの回答があったという。

同年4月、ナミエさんは中学3年に進級した。新学期になっても不安は消えなかった。音楽の授業では、過去の経験がフラッシュバックし、授業に出られなくなったという。

両親は、娘の心身の安全を守るため、転居を決断した。

そして、中学3年の夏、ナミエさんは慣れ親しんだ学校を離れ、別の中学校に転校した。

●「音楽は嫌いじゃない。でも…」

転校先で、ナミエさんは以前の学校との違いを感じたという。

「前の学校の管弦楽部は卒業まで部活が続いていましたが、転校先では、3年は引退の時期ですから、部活をすることはなく、受験勉強に集中する時期です。本当に前の学校はおかしかったんだなって実感しました」

現在、ナミエさんは通信制高校に通っている。かつて憧れた楽器を演奏することは、もうなくなった。

「音楽はもうやっていないですね。嫌いになってはいないですが、否定的な感情は生まれています。積極的にやろうとは思わないです」

そして、こう続けた。

「中学校での体験が音楽を遠ざけることになりました。その状況は受け止めています」

今回の問題は、部活動での指導が適切だったかどうかにとどまらない。

生徒が苦痛を訴え、自傷行為が明らかになり、医療機関でPTSDと診断された後、学校や教育委員会はどのように事実関係を確認し、生徒の安全を確保しようとしたのか。

両親が求めた教員の配置転換は実現せず、ナミエさんは転校することになった。転校によって学校を離れることはできても、指導の適否や学校側の対応をめぐる疑問が解消されたわけではない。

ナミエさんはこのほど、法務局に人権侵犯に関する申告をおこない、千葉県弁護士会に人権救済を申し立てた。

大好きだった音楽から遠ざかることになった少女の訴えに、学校や教育行政はどう向き合うのか。子どもが発したSOSを受け止める仕組みは、十分に機能していたのか。その問いが残されている。

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

この記事をシェアする

Googleトップニュースでフォロー

フォローの仕方はこちら
Add as a preferred source on Google

オススメ記事

編集部からのお知らせ

現在、編集部では協力ライターと情報提供を募集しています。詳しくは下記リンクをご確認ください。

協力ライター募集詳細 情報提供はこちら