教師から叱責や指導の名のもとでおこなわれた行為が、一人の生徒を自殺未遂にまで追い込み、その後の人生を大きく変えてしまった──。
栃木県壬生町(みぶまち)の公立中学校に通っていた和泉くん(仮名)は、中学3年生のとき、体育教師から度重なる叱責を受けたことをきっかけに自殺未遂を図り、重傷を負った。
現在は高校生となった和泉くんと母親が、2025年12月に開かれた日本体育大学の研修会「学校・部活動における重大事件・事故から学ぶ研修会」に登壇し、当事者としての思いを語った。(ライター・渋井哲也)
●強豪校で野球を続けた3年間
壬生町は、県庁所在地の宇都宮市から車で30分ほどの距離にある。
和泉くんは、体育教師による一連の指導が「不適切」であり、安全配慮義務にも違反するとして、町を相手取り、約2900万円の損害賠償を求めて宇都宮地裁栃木支部に提訴している。
和泉くんが所属していた中学校の野球部は、県内でも強豪校の一つだった。野球が大好きで、小学校4年生から学童野球を始め、中学校でも迷わず野球部に入った。
「ポジションはセンターやレフトなど外野が多くて、試合では代走で起用されることもありました。中学校の部活は、コロナの影響で本格的に始めたのは入学から半年ほど経ってから。学童野球とは違い、先輩後輩の関係に気を遣う場面があって、雑用に悩まされることもありました」
一時は退部も考えたが、試合のたびに応援に来てくれる家族の存在や、仲間たちとのつながりに支えられて、なんとか引退まで続けたという。
●体育の授業中に事件は起きた
事件が起きたのは、引退から約2カ月後の2022年10月4日だった。
2時間目が体育の授業で、ソフトボールを選択した男子44人、女子6人、合計50人が3クラス合同で参加していた。
「部活を引退してから久しぶりに競技ができるのを楽しみにしていました。最初は軽いキャッチボールをして、次に先生の指示でバックホームの練習になりました」
生徒は2人1組で、テニスコート側から部室棟側に向かってボールを投げる配置だった。外野スペースを使って、縦に3組6人が並ぶかたちで、一定回数投げたら場所を交代するように指示されていた。
和泉くんは、テニスコート側の端の組だった。自分たちの後方には、さらに4人の生徒が並んでいる状況だった。
「後ろにも生徒がたくさんいて、キャッチミスしたら人に当たる危険があったんです。だから、僕とペアの子、それと隣のペアの4人で、人のいないテニスコート側に投げることにしました。危ないと思ったからです」
体育教師の指示とは逆方向だったが、少なくとも端の組からすれば、暴投して誰かにボールが当たる可能性は低い。安全を考えた判断だった。
しかし、それが叱責の引き金となった。
●「理屈はいらねえ」バットを持って威圧
「投げ始めてすぐ、2球目くらいで、先生が『違うじゃねえかよ』と怒鳴りながら来ました。ふざけていたわけじゃないのに。『違うんですよ』と説明しようとしたら、『理屈なんかいらねえんだよ』と遮られて」
逆方向に投げていたのは4人いたにもかかわらず、怒りの矛先は和泉くん一人に向けられた。叱責後、指示通りに練習を再開したが、それで終わらなかった。授業終盤の振り返りの時間、再び呼び出された。
「『おいお前、こっち来い』と言われて。先生は片手にバットを持って、地面を叩きながら安全性を力説していました。『ガン』と大きな音がして、すごく怖かったです。
何を言われたかも思い出せません。大勢の前で怒られて恥ずかしくて、恐怖で泣きそうになるのをこらえていました。とにかく早く終わってほしいと思っていました」
その後も叱責が続き、次第に内容は安全指導から、教師の個人的な感情をぶつけるものへと変わっていった。
「『ふざけてんのか』『お前の態度が気に入らない』『俺、こういうのイライラすんだよ』と。意見を言っても聞いてもらえないと思って、黙っていました」
さらに過去の授業の感想欄で「つまらんかった」と書いたワークシートが見つかり、再び叱責された。初心者向けの内容だったため、経験者として正直な感想を書いたものだったが、書き直すつもりでいた矢先だった。
●「消えてしまいたい」追い詰められた心
職員室前に連れて行かれ、担任も加わった。授業中、授業終了直後、さらに休み時間に至るまで叱責が続いた。和泉くんの心は急速に追い詰められていく。
「バットを持って怒鳴られる恐怖、大勢の前で怒られる恥ずかしさ、両親の悲しむ姿を想像する不安。感情が入り乱れて『自分が生きていることで迷惑をかけているんじゃないか』『消えてしまいたい』と思うようになりました」
「死にたい」という思いは消えなかった。帰宅後、どうやって死ぬかを考え、大好きだったゲームのデータを友だちに送った。そして、家を飛び出した。
この日は、受験のための塾に行く予定だったが、和泉くんが向かったのは、塾とは反対方向だった。橋のたもとにスマートフォンを置いた。家族で共有していた位置情報アプリが入っていた。
「スマホを置いて(橋から)身を投げました。しばらく気を失って、意識が戻ると岩のゴツゴツした感覚があり、生きているとわかりました。
不思議と痛みはなくて、ものすごい寒さだけ。眠れば死ねると思って眠ろうとしましたが、意識はなくなりませんでした」
●母親が見つけた「河川敷の息子」

やがて、遠くから母親の声が聞こえた。
「探しに来てくれたとわかりました。その後、救急隊に救助されました」
ここで、発表者は母親に交代した。
「和泉が(ここまで)話すのは本当に勇気のいることだったと思います。この後は、私から当日の状況や学校側の対応について話します」
母親は仕事を終えた後、位置情報アプリで和泉くんの居場所を確認した。塾にいるはずの時間だったが、表示されたのは自宅から約3キロ離れた川の付近だった。
「真面目な子なので、おかしいと思いながら待っていました。でも塾の終わりの時間になっても帰って来ない。塾に行くと、他の生徒さんたちから『今日来なかった』と言われました」
嫌な予感がよぎり、すぐに位置情報が示す場所へ向かった。
「橋の上から必死に名前を呼びました。河川敷に倒れている和泉を見た瞬間、頭が真っ白になって。茂みで降りられず、警察に連絡しました。欄干にスマホが置かれていて『助けて』としか言葉が出ませんでした」
●「後遺症の可能性」病院で告げられた現実
病院で告げられた診断は深刻だった。
「高さ9メートルから落ち、腰椎破裂骨折。すぐに手術が必要で、後遺症が残る可能性もあると言われました。目の前が真っ暗になりました。面会では、管だらけの痛々しい姿でした。声をかけると、幼い頃のように体を寄せて。『生きててよかった』と伝えるのが精いっぱいでした」
●学校の対応と「曖昧にされた因果関係」
学校からの連絡は遅く、内容も十分とは言えなかったという。
「病院へ向かう車中で、野球部の顧問から電話がありました。『体育の授業で反抗して指導された』とだけ」
詳しく聞いても状況はわからず、担任からは「和泉は悪くない」「力になれず申し訳ない」と涙ながらに謝罪があったという。
その後、友人の保護者たちから授業中の状況を聞き、少しずつ全体像が見えてきた。ボールを逆方向に投げた理由、高圧的な叱責、バットで地面を叩く様子──。
学校では、授業を受けていた生徒へのアンケートが実施され、指導の理不尽さが裏付けられた。しかし、県教育委員会の調査は遅れ、体育教師の指導と自殺未遂との因果関係は曖昧なままにされた。
「2022年12月の調査で『不適切な指導』は認められたのですが、自殺未遂との関係は曖昧でした。しかも処分は文書訓告のみでした」
●災害共済給付が申請されなかった理由
治療は2024年まで続き、高校生になった今も運動には制限がある。日本スポーツ振興センター(JSC)の災害共済給付についても、申請されないまま時効を迎えた。
いじめや体罰、不適切な指導など、学校生活に起因する事故は「学校管理下」とされ、災害共済給付の対象になる可能性がある。しかし、請求窓口である学校設置者が申請書をJSCに送付せず、手続きは進まなかった。
母親は申請を求め続けた。
2025年7月、文科省とこども家庭庁は連名で「保護者等が提出した支払申請書を学校設置者がJSCに送付しない場合、「権利侵害になる可能性がある」として、速やかな送付を求める通知を出した。
通知を受けて、母親は改めて申請書を提出した。しかし、学校設置者は請求書をJSCに送付しなかったという。
●「恐怖で支配する指導」をなくすために
不適切な指導をおこなった体育教師について、母親はこう語った。
「『熱血先生』と言われ、生徒指導を任されるタイプでした。でも、意に沿わない生徒に厳しく、『しばくぞ』と言うこともありました。県教委の調査でも(教師は)『ルールをみんなで守るのが平等』と答えていましたが、『押さえつける指導に偏っていた』と記載がありました」
母親は、未来の指導者たちに向けてこう訴えた。
「文部科学省の『生徒指導提要』にある『不適切な指導』の具体例を知ってください。大声指導は恐怖で支配するのと同じです。子どもの話に耳を傾け、一人ひとりに寄り添ってください。頭ごなしに押さえつけず、独断で指導しないでください。必要以上の罪悪感を与えないでください。指導の後はフォローしてください。希望を与える温かい指導者になってください」
最後に再び和泉くんが言葉を結んだ。
「僕が今回話そうと思ったのは、不適切な指導で自殺を考える子どもがいることを知ってもらいたいからです。
自分に価値がないと思い、希望が持てなくなりました。一命を取り留めたあと、看護師さんを通して『和泉は悪くない』と言われたことで救われました。
退院後、家族と食べたラーメンが本当においしくて『生きててよかった』と思いました。
この話が、今苦しんでいる子に届いたらうれしいです。子どもが意見を話しやすい先生になってほしいです」