暗号資産をめぐる事件で逮捕され、その後に不起訴となった男性が、逮捕時の様子を撮影・実名報道されたことをめぐり、静岡放送(SBS)などに損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が5月28日、東京高裁であった。
門田友昌裁判長は、SBSに55万円の賠償を命じた一審・静岡地裁判決を取り消し、男性側の請求をすべて棄却した。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●逮捕時の撮影、東京高裁「公益性ある」
男性の逮捕時の様子をSBSが撮影したことについて、東京高裁は次のように指摘し、肖像権やプライバシー権の侵害にはあたらないと判断した。
「本件被疑事実は、罪質や内容に照らし、軽微なものとはいいがたく、その被疑者が身柄拘束される状況を報道することには、犯罪予防、社会に対する注意喚起、県警による捜査権限の行使に対する検証の機会の確保等に資するという社会的意義があるから、公共の利害に関わるもので、相応の公益性を有する」
●一審が「違法」とした報道も逆転判断
SBSは、静岡県警が男性の逮捕を発表した2021年12月11日と13日、男性が逮捕される様子の映像とともに実名を報じていた。
このうち、12月13日のニュースについて、一審の静岡地裁(平山馨裁判長)は、共犯とされた人物が「暗号資産が他人のものであると男性に伝えていなかった」と供述していたことを、SBS側が把握していたことを重視。違法性を認め、SBSに55万円の賠償を命じていた。
しかし、東京高裁は一転して違法性を否定した。
判決は、逮捕時の撮影に関する判断と同様に、「本件の事実関係に鑑みると、逮捕の報道の社会的意義は12月11日と13日の時点でもなお失われていたとはいえない」と指摘。13日の報道についても適法と判断した。
●捜査機関の“リーク”にも違法性認めず
裁判では、静岡県警が男性の逮捕予定をSBS記者だけに伝えていた、いわゆる捜査機関による「リーク」の問題についても争点となった。
東京高裁は「捜査機関の報道機関に対する取材対応や情報提供のあり方として適切を欠くものではないかとの疑問を生ぜしめるものであることは否定できない」と一定の問題意識を示した。
不起訴になった男性が逮捕時に実名報道された事件の経緯(弁護士ドットコムニュース作成)
一方で、次のように述べ、違法性は認めなかった。
「SBSが記者クラブに加盟する報道機関であることから、(逮捕に関する警察官の情報)開示は、SBSが報道することを前提としてされたものであり、開示が公益を図る目的でされたものであること自体は否定しがたい」
●原告側代理人「袴田さんの時代から変わっていない」
再審無罪が確定した袴田巌さんは、1966年の静岡一家4人殺害事件で、メディアから「犯人視報道」をされ、長年にわたり死刑囚として死の恐怖に晒され続けた。
今回の訴訟で原告側代理人をつとめる角替清美弁護士は、袴田さんの弁護団の一員として活動してきた経験から、事件報道のあり方に問題意識を感じてきたという。
この日の判決後、角替弁護士は次のように述べ、最高裁に上告する意向を示した。
「結局、大きな事件で逮捕されたら、逮捕の様子や実名を報道されるのはしょうがないということなのでしょう。報道機関が権力監視のために報道しているなら私も理解しますが、実際は権力監視と関係ありません。 裁判所はそうした問題に目を向けず、ずっとお題目だけを飾りにしてきた。だから、いつまで経っても袴田さんが逮捕された時と変わらない状況が続いていると思います」
男性の代理人を務める角替弁護士(2026年3月、東京都内で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●SBS「当社の報道姿勢の正当性を示す判断」
東京高裁の判決後、SBSはHPで以下のコメントを発表した。
「電子計算機使用詐欺事件に絡み2021年12月に当社が報道した内容について、逮捕され不起訴となった男性が、プライバシー権及び肖像権の侵害、名誉毀損に当たるとして損害賠償を求めた訴訟で、東京高裁は5月28日午後、判決を言い渡しました。 当社としましては、主張が認められた判決であり、当社の報道姿勢の正当性を示す判断だと受け止めております。今後も人権に配慮して報道機関としての役割を果たしてまいります」
●東京高裁、判決文を配布せず
裁判報道では、メディア各社が判決内容を正確に報じるため、事前に申請すれば、判決文が配布されることがある。
しかし、今回の控訴審判決をめぐっては、弁護士ドットコムニュースが東京高裁に判決文の提供を申請したものの、認められなかった。
不提供とした理由は、東京地裁から明らかにされていない。