弁当チェーン「ほっかほっか亭」が、店名ロゴなどに使われている手書き風の独特な書体をデザイン・制作した人物を探すため、SNSで情報提供を呼びかけた。
50年以上前に、当時アルバイトだったという学生が書体をデザインしたとされるが、性別を含めて、それ以上の詳細はわかっていないという。
同社は2026年6月の創業50周年を前に「感謝を伝えたい」としている。すでに多くの情報が寄せられているそうで、なんとも心温まる話題なのだが、気になることもある。
もし名乗り出た人が本当に制作者本人だった場合、何らかの権利を主張できるのだろうか。たとえば、過去にさかのぼって書体の「使用料」などを請求することは可能なのか。
「いい話」に水を差すようで心苦しいが、知的財産権にくわしい高木啓成弁護士に法的な考え方を整理してもらった。(弁護士ドットコムニュース編集部・塚田賢慎)
●書体のデザインは著作物か?
——「書体」のデザインにはどんな権利が関係しますか。
書体のデザインは、商標権や著作権によって保護される可能性があります。
このうち商標権は、自然に発生するものではなく、商標登録してはじめて発生するものです。
(※「ほっかほっか亭」は商標登録されており、現在は親会社の株式会社ハークスレイが権利人です)
「ほっかほっか亭」の独特な書体のロゴ(2025年10月/都内の店舗)
一方、著作権は、著作物を創作した瞬間に自然に発生する権利です。
今回の学生アルバイトは、自身が書体デザインの商標登録をしているわけではないため、もし何らかの権利を主張するとすれば、それは著作権に基づくことになります。
ただし、実は判例上、「書体デザイン」は基本的に著作物として保護されないとされています。
●有名な「アサヒビール事件」
——どうして著作物として保護されないのでしょうか。
代表的な例が、アサヒビールの「Asahi」の書体デザインをめぐる訴訟です。
アサヒビールは、「Asahi」の書体デザインの著作物性を主張し、この書体デザインにそっくりな「Asax」を企業ロゴとして使った米穀の販売事業者に対して、使用差し止めを求めました。
しかし、裁判所は、文字は万人共有の文化的財産であり、情報伝達という実用的機能を有するという理由で、文字を基礎とするデザイン書体に著作物性を認めることは困難であると判断しました。
つまり、「文字」は誰もが使えるものであり、デザインが加わっていても特定の企業による独占を認めるべきではないという考え方です。
ただし、書道家の書のように鑑賞の対象になるような作品の場合は別です。この判決も、書体デザインが「美術の著作物のような美的創作性がある場合には著作物になる」とも述べています。
ほっかほっか亭の書体は、個性はあるものの、実用性のあるタイプフェイス(一つの組物として作成された文字や数字などのデザイン)に近く、裁判所の考え方に照らせば、著作物性が認められる可能性は低いといえます。
●「職務著作」の可能性も…アルバイトが権利主張するのは困難
——学生アルバイトだった人が著作権を主張することは難しそうですね。
仮に、ほっかほっか亭の書体デザインに著作物性が認められたとしても、次に問題になるのが「職務著作」です。
——職務著作とはどのようなものを言いますか。
「職務著作とは、企業の業務として制作された著作物については、その企業を著作者とする制度です。
たとえば、ゲーム会社で社員として働く作曲家が、業務の一環として制作した音楽については、その作曲家ではなく、そのゲーム会社が著作者になるのです。これが「職務著作」という制度です。
今回のケースについて事実関係の詳細は明らかではありませんが、ほっかほっか亭側が企業ロゴとして使うことを前提に、学生アルバイトに書体デザインを依頼したことによりこの書体デザインが制作されたのであれば、基本的には「職務著作」に該当します。
その場合、この書体デザインの著作者は、学生アルバイトではなく、ほっかほっか亭(を運営する株式会社ほっかほっか亭総本部)となります。
わたしの街の台所
結論として、ほっかほっか亭が何らかの権利を主張される、ということにはならなそうです。
その学生アルバイトの人が無事に見つかり、感謝を伝えることができるといいですね。