10月開催の音楽フェスに出演を予定していた複数のアイドルグループが、出演困難になったとイベント運営が発表した。エンターテインメント業界のトラブルにくわしい河西邦剛弁護士は、「これは"地面師詐欺"と同じ構造がある」と指摘する。
イベント側は、グループの事務所関係者を名乗る人物と交渉を進め、出演契約を結んでいたという。
芸能界では昔から、グレーな手法で悪事を働く人間が後を絶たない。河西弁護士は、イベント運営側・事務所側の双方に注意を呼びかける。
●正規の関係者ではない人物が紛れ込んでいた
イベント実行委員会の発表によると、「FRUITS ZIPPER」や「CUTIE STREET」などの人気グループが「SAMURAI SONIC」(10月19日・幕張メッセ)に出演するはずだったが、「各事務所関係者を名乗る人物と正規の効力を持たない出演契約を締結していた」ことが明らかになったという。
また、前日の10月18日に予定されていた別のイベントでも「≠ME」と「≒JOY」の2グループが同様の理由で出演未定となった。
運営側は「もともと関係性のあった代理店を通じて出演調整を進め」ていたものの、「その過程で正規の関係者ではない人物が介在していた」と説明している。
では、イベント側と契約までこぎつけた"謎の人物"は何者だったのか。その狙いは何だったのか。発表内容から読み取れる点について、河西弁護士に聞いた。
●「エンタメ業界型地面師詐欺だ」
——今回の出来事をどのように捉えていますか。
イベント運営側の発表によると、法的権限のない人物と契約を結んでいたという点で、地面師詐欺と構造的には同じです。
地面師詐欺とは、本来の土地所有者ではない人物が所有者を装い、売買契約を持ちかける行為です。
今回は、アーティストの出演交渉権のない人物が、関係者を装って契約を結んだ点で、地面師詐欺と同じ構造といえます。
出演契約は口頭でも成立しますが、発表には「契約を締結していた」と明記されています。契約書が存在しているか、メール・DMによる契約締結やそれに向けた連絡のやりとりはあったことがうかがわれます。
——交渉の過程でどのようなことが起きたと考えられますか。
まず、イベント実行委員会側から出演をオファーしたとすれば、通常は各グループのマネジメント会社に直接問い合わせをするはずなので、騙される余地は少ないと考えられます。
一方、"謎の人物"側から、実行委員会の「代理店」にコンタクトを取った場合は、代理店が誤って信用した可能性があります。
今回の経緯を検証するには、実行委員会側が出演アーティストをどのように選定・決定していたのか、なぜこの人物が関与したのかを明らかにする必要があります。
今回の出来事でいくつか気になる点があります。
すでに警察に相談し、厳正に対応を進めるとしている実行委員会ですが、事務所関係者と名乗った当該人物を刑事告訴すると明言していません。
リリース内容を前提にすると、この人物が詐欺未遂罪や偽計業務妨害罪に該当する可能性が十分にあります。それにもかかわらず、被害を受けた実行委員会が、刑事告訴について現時点で明言していないのは違和感があります。
また、今回の対象となったのは、別々の芸能事務所に所属する2組のグループです。それぞれの事務所関係者を装う人物が複数いたのか、あるいは1人が両方の事務所関係者を装ったのか。現時点では不明な点が多い状況です。
●暗躍した"謎の人物"の目的は?
——事務所関係者を騙った人物の狙いは何だったのでしょうか。
金銭目的だけとは考えにくいです。出演料は後払いになるケースが多く、虚偽の契約は本番前のどこかのタイミングで確実にバレるからです。実際、今回のリリースにも出演料の支払いについての記載はありません。
——今回の事案を踏まえて、芸能事務所やイベント関係者が注意すべき点は。
初めて取引する相手とは、細心の注意を払う必要があります。特にSNSのDMやメールだけでやりとりを完結させないこと。名刺やSNSアカウントはいくらでも偽造できます。最も確実なのは、相手の事務所に直接訪れて所属を確認することです。
また、詐欺だけでなく、反社会勢力との接触リスクもあります。エンタメ業界に限らず、取引相手の確認は企業コンプライアンス上も重要です。
——エンタメ業界で「事務所関係者」を騙る手口にはどのようなものがありますか。
典型的なのは「テレビ局員」を名乗り、出演をちらつかせて男女関係を迫るケースです。ほかには、大手芸能事務所の偽名刺を使って路上でスカウトし、喫茶店などで契約を持ちかけ、登録料をだまし取る手口もあります。