6月5日、千葉県の病院で、男性患者が男性医師を刃物で刺し、医師が首を負傷したと報じられました(テレ朝NEWSなど)。
医師は左首と左手に傷を負いましたが、命に別状はないとのことです。また、患者は殺人未遂の疑いで現行犯逮捕されています。
近年、医療従事者への患者からの暴力行為が問題視される中での今回の事件。今年4月には、広末涼子さんが静岡県内の病院で看護師に暴行を加え、傷害を負わせたとして逮捕されています。
患者からの暴力の法的問題や医療現場の安全性確保の必要性について解説します。
●殺人未遂罪成立の可能性
今回の事件では、患者が刃物を用いて医師を襲ったことで、殺人未遂罪(刑法199条、203条。死刑または無期もしくは5年以上の拘禁刑)に該当する可能性があります。逮捕被疑事実も殺人未遂罪(現行犯逮捕)でした。
殺意の有無も問題になりますが、報道によると、ナイフを用いて「左首を狙って刺した」ということですから、頸動脈を傷つけて死亡させる危険性が非常に高いことは十分認識、認容していたと考えられます。
したがって、実際の刃物の大きさなどにもよりますが、殺意が認められやすいケースだと思われます。
また、75歳という高齢であることや、「患者」であったことから、責任能力(刑法39条)が問題となる可能性はあります。
もっとも、単に高齢で認知症がある程度進んでいるというくらいであれば、責任能力が否定されたり(心神喪失)、必要的減軽事由となる(心神耗弱)ことはありません。
●医療現場での患者による暴力
医療従事者に対する患者からの暴力行為は、深刻な問題になっています。
「看護職等が受ける暴力・ハラスメントに対する実態調査と対応策検討に向けた研究」(2019年、三木明子らが100床以上の全医療機関5,341施設に郵送調査を実施し、941施設より回答を得た)によると、平成30年度(2018年)における看護職等に対する暴力等の実態は、患者・家族等による身体的暴力、精神的暴力、セクシュアルハラスメントのいずれかの報告があった施設は85.5%だったそうです。
もっとも、暴力等による他部署や警備員への応援依頼は全報告件数のうち14.7%、警察への届出は2.8%しかなく、看護職等の労災適用があった施設はわずか22.4%にとどまるそうです。暴力等による医療従事者の休職や離職も大きな社会問題になっています。
●労働環境の悪化が患者とのコミュニケーション不足を生んでいる
6月5日には、日本医療労働組合連合会(医労連)が、36都道府県、145の医療機関が回答したアンケートにより、昨年度は約6割の施設で退職者数が採用者数を上回り(=施設職員が減少)、今年4月の看護職員の新規採用では、約4割の医療機関で募集定員を満たせなかったことを明らかにしています。
職場環境の悪化により退職者が増えて人手不足となり、病床数を減らさざるを得なくなった結果、経営状態が悪化。そのせいでさらに人手が足りなくなっていく悪循環が指摘されています。
また、人手不足のため、患者と十分にコミュニケーションが取れず、患者のストレスにつながる可能性も指摘されており、このような事情がトラブルを招いている可能性もあります。
今回逮捕された75歳の患者は、「医者を狙って刺した」「病院に恨みがあった」と供述しているようです。今後詳しい動機が明らかになっていくものと思われます。
●医療従事者の安全の確立が必要
今回の事件は、医療従事者を取り巻く安全課題を改めて浮き彫りにし、対応の重要性を示しています。
医療現場の安全確保は、患者・家族の信頼を守るだけでなく、医療の質を維持するうえでも欠かせません。今後、再発防止に向けた具体的な取り組みや法律のあり方が問われるでしょう。 (弁護士ドットコムニュース編集部・小倉匡洋)