正当な理由がないのに「TOEIC」の試験会場に入ったとして、京都大学大学院生の中国人男性が建造物侵入の疑いで警視庁に現行犯逮捕された。
報道によると、男性は5月18日、東京都板橋区でおこなわれた英語能力検定「TOEIC」の試験会場に偽装した他人の学生証を提示して入った疑い。
報酬を受け取っていたといい、警視庁はいわゆる「替え玉受験」や「組織的カンニング」が目的だったとみて調べをすすめているようだ。
替え玉受験について、本間久雄弁護士に法的解説をしてもらった。
●正当な理由なく建造物に侵入したといえる
今回のような替え玉受験は、複数の犯罪成立が考えられます。まずは、逮捕・送検容疑にもなっている「建造物侵入罪」です。
刑法130条は「正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、3年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金に処する」と定めています。
替え玉受験の目的で試験会場に立ち入ることは「正当な理由なく建造物に侵入した」と言えます。
●有印私文書偽造・同行使も成立する
報道によると、逮捕された男性は「有印私文書偽造・同行使」の容疑でも送検されたそうです。
刑法159条1項は「行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造し、又は偽造した他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造した者は、3月以上5年以下の拘禁刑に処する」と定めています(有印私文書偽造罪)。
また、刑法160条1項は、「前二条の文書又は図画を行使した者は、その文書若しくは図画を偽造し、若しくは変造し、又は虚偽の記載をした者と同一の刑に処する」と規定しています(有印私文書行使罪)。
最高裁は、試験答案は、試験志願者の学力証明に関するものであることから、刑法159条にいう事実証明に関する文書に該当するとして、替え玉受験をおこなうことは、有印私文書偽造(試験答案は、他人の署名を使用する)・同行使罪に該当するとしています。(最高裁平成6年11月29日判決)
●もしウェブテストで替え玉受験していたら・・・
今回は試験会場でしたが、もし替え玉受験がウェブテストでおこなわれた場合は、電磁的記録不正作出・同提供罪にも問われます。
刑法161条の2第1項は「人の事務処理を誤らせる目的で、その事務処理の用に供する権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を不正に作った者は、5年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する」としています(電磁的記録不正作出罪)。
また、同第4項は「不正に作られた権利、義務又は事実証明に関する電磁的記録を、第1項の目的で、人の事務処理の用に供した者は、その電磁的記録を不正に作った者と同一の刑に処する」を規定しています。(電磁的記録不正供用罪)
ウェブテストの解答は「事実証明に関する電磁的記録」にあたり、替え玉で受験することは、それを「不正に作」ったということになります。
●替え玉受験を依頼した人も罪に問われる
刑法233条は「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処する」と規定しています。偽計とは、人を欺き、あるいは人の錯誤または不知を利用することをいいます。
替え玉受験は、替え玉受験者が本人であるかのように振る舞うことで、試験主催者を欺くことから、偽計にあたります。また、替え玉受験によって、選考のやり直しや各種問い合わせへの対応をおこなわざるをえなくなることから業務が妨害されることになります。
なお、替え玉受験を依頼した人は、替え玉受験者とともに、これらの犯罪を共同して実行する意思があると言えます。共同正犯(刑法60条)が成立して、替え玉受験を依頼した人は、替え玉受験者と同罪となります。
●民事上の損害賠償責任も負うことに
替え玉受験によって、試験の主催者は選考のやり直しや各種問い合わせへの対応をおこなわざるをえないことから、従業員の残業代、受験者への連絡文の印刷代・郵送代など、余計な出費をすることになります。
替え玉受験者や替え玉受験依頼者は、試験の主催者に対して、共同不法行為責任(民法719条1項)を負うことになりますので、試験の主催者が替え玉受験がおこなわれたことで、余計に支出せざるを得なくなった損害について賠償しなければなりません。